小川糸さん公式サイト:「糸通信」より。

 

—— 最後に食べたいおやつって、意外と浮かばないですよね。

 

小川さん 

私自身、ずっと考えているのですが、なかなか浮かんでこないんです。最後の食事って、決めている人も多くてすんなり答えられるけれど、おやつってパッと出てこない。

 

いろいろと考える中で、祖母が作ってくれたホットケーキが食べたいとか、母の作った牛乳寒天美味しかったなとか、忘れかけていたことを思い出しました。振り返ることによって、幸せな記憶、甘い記憶に結びつく。自分の人生にもいい思い出があったんだなっていうきっかけになったらいいなと思います。

 

—— 逆に雫のように自分が作るおやつが誰かの思い出になることもありますよね。

 

小川さん 

雫の場合は、作ってもらったのではなく、自分が作った記憶です。私自身も自分が作ることも多いし、作る立場でもあるので、そちらの記憶の方が残っているかもしれません。

 

小学生の頃に、一生懸命作ったバナナオムレットを後で食べようととっておいたら、姉に食べられてしまったことがありました。食べられちゃったという記憶だけが残っていますが、それもいい思い出ですね。小さい頃からクッキーを焼いたり、お菓子はよく作っていました。

 

おやつの思い出について語る小川さん

 

—— おやつには不思議な力がありますよね。週に1回のおやつの時間を作ることは、とても重要な役割を果たしていたと思います。

 

小川さん 

「ライオンの家」にたどり着いた人たちは、辛い思いをして戦って来た人たち。最後はもう戦う必要はなく、ただ人生のご褒美の時間を過ごすことが大事だと思いました。余命宣告されたら、悲しみや辛さがつきまとう恐怖感があるもの。でも、実際にはそういう中にも、よろこびや楽しさ、笑いだってあるわけです。死は日常の一部だということを実感します。

 

今は、日常から切り離されているので考えていないけれど、だからこそ、怖いという感情に結びつくのかなと。本来、死は普通の暮らしの先にあるものかなって思っています。

 

—— 小川さんは、自分がいつ死ぬのか知りたいと思いますか?

 

小川さん 

知った方が最後の計画まで自分でできるので、できれば知りたいです。でも実際は知ることができないので、今できることは、なるべくいろいろなものを手放して、荷物を少なくするという引き算は意識しています。

 

生きているとどうしたって荷物は増えていきます。「自分にとって必要なもの」を考えるようにしていますね。