「これで最期かもしれないので、抱っこしてあげてください」 。出産事故で妻子ともに命の危機に瀕したあの日から10年。一命を取り留めた娘・朝咲(あさひ)さんは小4に成長しました。記憶を失った妻と娘の介護を続けながら前を向く、副住職の荒木貴弘さん。葛藤の末に見出した家族の「これから」に迫ります。
名前の候補を記したノートに目にした光景

── 2016年に第1子を出産する際、妻・明里さんが羊水塞栓症を起こし、母子ともに低酸素脳症を発症、重篤な後遺症を残しました。娘の朝咲(あさひ)さんも明里さん同様、命の危険があったと聞いています。
荒木さん:朝咲が生まれてすぐ、医師から「これで最期になるかもしれないので、抱っこしてあげてください」と言われ、出産に立ち会うために群馬から上京していた義理の両親と僕は慌てて娘を抱っこしました。
── お子さんの名前も急いで決めたそうですね。
荒木さん:はい。出産前に明里と一緒に名前の候補を考えていましたが、ちゃんと決まっていなかったんです。でも、すぐに出生届を出す必要があったんです。出生届を出す前に娘が亡くなると、娘がこの世に存在しないことになってしまうそうで。使える制度が適用されないといった、不都合が生じるらしくて。時間がないなかで、1人でどうしようかと悩みました。いったん帰宅して、明里が名前の候補を書いていたノートをパッと開くと、「朝咲」という名前だけ丸がつけられているのに気がつきました。それをみて、「明里はこの名前にしたかったのかな」と。
名前の由来は、どんなに深くて暗い夜でも朝は必ずくるし、深い闇でも進んでいける。昔は政治を司るところを「朝廷」と言いますが、「朝」という漢字は人が集う意味があって、「咲」は「笑う」という意味もあります。人が集うところで、本人も周りにも笑みを作っていける人になったらいいな、と思って名づけました。
── 素敵な名前ですね。朝咲さんは現在、支援学校の小学4年生になったそうですね。身体の状態はいかがですか?
荒木さん:移動は車椅子です。コミュニケーションは、たとえば簡単な質問に対しては「うーん」と反応したり、テレビ番組は「これが観たい?」と聞くと手を挙げたりする感じですね。食事は胃ろうをしているのでミキサー食で、お風呂は僕がヘルパーさんと連携を取りながら入れています。僕が海パンを履いて朝咲をお風呂に入れて、お風呂から上がったらタオルに包んでヘルパーさんにバトンタッチしています。
── 荒木さんは、明里さんと朝咲さん、妻子2人の介護をされています。荒木さん自身がリラックスするとか、休む時間はありますか?
荒木さん:普段はヘルパーさんたちが夜の7時くらいまでいるので、その後ごはんを食べて、2人を寝かせた後に食器を洗いながら動画を見るくらいでしょうか。あとは3か月に1回ほど、3泊4日程度ショートステイに行くときに、友達と飲みに行くこともあります。
── 適度に休息を入れていると。
荒木さん:そうですね。朝咲のママ友たちやパパ友とも仲良くなって、みんなで飲みに行くこともあります。いつもくだらない冗談ばかり言ってますが、気分転換になりますし、共感できる部分も多い。訪問看護の人から「よく、ママだけの場所にパパ1人で行けますね」と冗談めかして言われますが、僕、全然そういう場にも行けちゃうんですよ。浮いてようがなんだろうが、別にいいじゃないかって。
とにかくその場に行って、話を聞いているだけでも楽しいし、いざというときに情報を共有したり、連携とったり、親同士の関係を作っておいたほうがいいとも思うんです。
学生時代に聞いた仏教の教えを実感する今

── 普段から関係作りは大事ですよね。ただ、なかには自分が外で息抜きをすることに、申し訳なさや抵抗を感じる人もいるようです。荒木さんはいかがですか?
荒木さん:あまりないですね。人とコミュニケーションをとったほうが精神的にもいいですし、何かあってもある程度吐き出せる環境があるほうがいいと思います。
そもそも、介護をすべて完璧にできるとは思っていない。あらかじめ周りに「自分は完璧な人間じゃないですよ」と伝えておいたほうが、自分も楽だと思うんです。朝咲の学校にしても、学校からたくさんプリントを渡されて、親が記入しなくちゃいけないものが結構あるんですけど、先生に「すみません。何か抜けがあったら直しますので、そのときは教えてください」って言ってます。
── 改めて、出産から10年経って明里さん、朝咲さんにどんなことを思いますか。
荒木さん:たしかに、2人がもし助からなかったら、違う人生があったかもしれません。街中で楽しそうな夫婦や子ども連れを見ると、自分もあんなふうに普通に過ごせたらな…、と思う瞬間は今でもあります。いっぽうで、後遺症を抱えた明里と晩酌する今の時間も楽しいし、朝咲の笑顔を見たら嬉しい。いろいろな感情がありますね。
明里に関しては、この10年で目に見える変化があったわけではないですが、以前に比べて質問に対する反応がよくなってきたし、見えている世界が広がってきているのかなと思うと嬉しいです。後遺症で僕との記憶は忘れてしまいましたが、それでも新たな僕との関係を作ってくれた10年だし、感謝しています。
朝咲も同じです。一時は生命の危機さえありましたが、存在してくれたこと自体が嬉しいです。この先は身体の成長に伴って僕ができること、できないことが出てくるかもしれませんが、今は朝咲のケアをする時間はとてもいい時間だと思って大事にしています。
学生時代、こんな言葉を聞いたことがあるんです。仏教の教えで「悲しみはその人からいただいたものの大きさの裏返し。何かできなくなったときに、今日までできていたこと、当たり前にしてきたことは、当たり前ではなかったと。たとえば別れの悲しみはその人からいただいたご縁の深さ。何か起きて、どうしても最初は悲しみに目を向けるのは仕方がないことだけど、与えられたものの大きさに目を向けて生きていけば、違った世界も見えてくるんじゃないか」と。当時も「なるほどな」と思いながら聞いていましたが、今こうした状況になって改めて実感しています。
この先も3人で穏やかな時間を
── 最近はYouTubeでもご家族に起きたことについてお話しされています。
荒木さん:訪問看護の方の紹介で動画のお話をいただき、10年という節目もあってジャパンバリアフリープロジェクトのYouTubeに出ることにしました。動画に出た理由のひとつは、父親で障害児の子育てを発信している人が少ないので、僕が動画に出ることで社会の目が少し変えられるんじゃないかと思ったからです。
それに、羊水塞栓症は誰にでも起こりうるリスクがありますが、防ぐのは難しい。でも、何か起きてもこうやって周りで支えてくれる人がいることがわかれば、動画を見ている人の恐怖もやわらぐのかなと思いました。誰かを励ましたいし、励ますことによって自分も励まされたい。ケアを長く続けるなかでお互い力になるんじゃないでしょうか。
もちろん動画にはいろいろなコメントが来ます。応援するコメントがほとんどですが、なかには「生きていても意味がない」「高齢出産のリスクを考えてない」とかいろいろ書いてあります。僕は「そういう人もいるんだな」と思うくらいです。僕は僕のやることを頑張ればいいですしね。
── この先はどうやって過ごしていきたいですか?
荒木さん:僕も40代半ばですし、サポートしてくれる義理の両親も80代が近づいています。明里も朝咲の状態も変化していくでしょうし、ケアの仕方も適宜、調整しながら進める必要があると思っています。僕にとって動画に出たこともひとつのチャレンジですし、この先も何かにチャレンジすることを積み重ねながら、3人で穏やかに過ごせる時間が長くあればいいなと思っています。
取材・文:松永怜 写真:荒木貴弘