「健康が一番だね」── 悪意がないとわかっていても胸に刺さる言葉があった。出産事故で重い障害を負った妻と娘を同時に介護して10年。副住職の荒木貴弘さんは「今も全然乗り越えていない」と明かします。周りの何気ない言葉に傷つき、心が揺れながらも、日々を明るく生き抜く10年目のリアルな本音に迫ります。
「それ、僕に言う…?」誰かを恨むわけじゃないけど

── 2016年には第1子が誕生。しかし、出産時に明里さんが羊水塞栓症(羊水が母体の血流に入り、重篤な反応を引き起こす)になり、母子共に低酸素脳症を発症、重篤な後遺症が残りました。
緊急病院に搬送されてから朝咲さんは半年、明里さんは1年間の入院生活を経て退院。荒木さんはふたりを同時に自宅介護することを決められました。家庭環境がガラリと変わり、さぞ大変だったことかと思います。妻の明里さんには記憶障害も残り、荒木さんのことを覚えていなかったそうですね。
荒木さん:医師からは「2人同時の介護は難しい」と言われていましたが、僕は明里を自宅に帰したかったし、家に帰ることで少しでも何か思い出すことがあるんじゃないか、と期待もあったと思います。退院前に医療やヘルパーさんの体制を万全に整え、僕の母や明里のご両親も毎月来てくれることになっていたので、やってダメならまた違う方法を考えればいいと思っていました。
だから2人同時介護が始まってから、変に気負わず、自分ではごく普通に過ごしていたつもりだったんです。でも周りからは、そう見えてはいなかった。僕はお寺の住職をしているのですが、出産後に訪問を始めたご家庭から「家に来てもらって3年くらいは、副住職さんが怖かった。いつも眉間に皺を寄せて、話しかけにくかった。でも、3年くらいして少しずつ笑顔が出てくるようになって、実は優しい方なんだと思いました」と言われたことがありました。無意識に気張っていたのかもしれないですね。
── 出産から10年、この間にメニエール病も患ったと聞きました。心身ともに少なからず影響はあったのでしょう。また、悪意がなくても、周りの人たちの声や反応に複雑な気持ちになることもありそうです。
荒木さん:ありますよ。僕の友人に健常者の子どもがいて、ダンスを習っているんですね。友人が「子どものダンス大会を観に行った後、親同士で打ち上げしちゃった」といった話を聞くと、「うちも習い事をさせたかったな…」って思います。ほかの人から出産報告を受け「無事に生まれてよかった。健康が一番です」と言われると、「それ、僕に言う…?」と思ったこともあります。
でも、だからといって、誰かを恨んでいるわけではないです。誰にも悪意はないでしょうし、僕を咎めようといった気持ちもないと思いますから。僕も誰かの子どもが生まれたら「おめでとう」って言ってあげたいですし、言えるような自分でありたい。明里も朝咲もそう望んでいると思いますしね。
介護生活10年「たぶん、この先も気持ちは揺れ動く」

── 時の経過が何かを変えるようなものではないと思いますが、現実に起きたことを、荒木さんは今、改めてどう捉えていますか?
荒木さん:たぶん、この先も気持ちが揺れ動いていくものだと思っています。現実を受け止めたつもりでも、たとえばショッピングモールで楽しそうに買い物をしている家族を見ると、「どうして僕はあんなふうにならなかったんだろう」って思いますし。
僕は副住職という立場だからか「どうやって乗り越えたんですか?」とたまに聞かれることがありますが、今も全然乗り越えてないですし、後悔だってあります。でも、気持ちの揺れ動きは年々小さくなっているような気がします。
娘の誕生日は、最後に健康な妻と会った最後の日でもあるんです。だから、退院から数年は娘の誕生日が近づくといろいろな感情が湧き上がってきました。でもここ最近は「おめでとう」くらいにしか思わなくなってきたんです。それはそれで、一抹の寂しさを感じるんですけどね。
最近は、あまり過去を振り返って悲しむことはなくなりました。それよりも、これまで明里からもらった大切なものがたくさんあり、その歩みのなかに今があると思っています。せっかくなら楽しい日々を過ごしたいですからね。この先も介護は続きますが、できるだけいい環境で続けたい。
── 医療従事者やヘルパーさんたちともうまく連携が取れているそうですね。
荒木さん:そうですね。毎日ヘルパーさんが家に来ますが、あまり神経質になりすぎるより「昨日は飲み過ぎちゃいましたよ」とか笑いながら話をしたら、ヘルパーさんも来やすいと思うんです。場の空気が明るいほうがケア自体もうまく回りそうな気がするし、ケアを長く続けていく環境作りになるのかと思っています。職場も同じですよね。僕はインテリアが好きなので、玄関にちょっとお洒落な飾りをしておくとか、きれいにしておくことで、来やすい家って思ってもらえたらいいなと思います。
── 荒木さんの明るさもあって、訪問しやすそうです。普段は荒木さんが毎日料理を作り、明里さんと晩酌をすることもあるとか。
荒木さん:明里が元気な頃は、僕も明里もお酒が好きなのでよく居酒屋さんをはしごしていたんです。今は、明里も少しなら飲めるので、明里に「お茶とビールどっち飲みたい?」と聞くと、速攻「ビール!」と返ってくる。笑っちゃうんですけど。
ただ、明るく振る舞えていますが、「何がつらいですか」と改めて聞かれたら全部つらいと答えるかもしれません。それよりも今日はどうやって楽しく過ごそうかな。どんなふうに声を掛けてあげようかな。日々を充実させるためにどうしたらいいかと考えるほうが多いですね。
取材・文:松永怜 写真:荒木貴弘