「中年世代の思春期」は不安ばかりだった

天津木村
かつての仲間が次々に売れていき、「俺、何してるんやろ」と

── 今、「ミドルエイジクライシス」という言葉があり、40代前半の方が「自分の人生はこのままでいいのかな?」と思い悩む「中年世代の思春期」とも呼ばれています。芸人さんの場合は売れる、売れないの問題がありますが、木村さんは仕事がない状況での焦りや不安とどう向き合ってこられましたか?

 

木村さん:まさに40代は、将来に一番不安を感じているときでした。ようやく詩吟ネタで世に出たのが32、33歳で、ブレイクはそこから1年半ほどしか持ちませんでしたから。しかも、2011年に長女、2013年には次女が生まれたので、当時は生活費の心配ばかりしていました。

 

そのときは10年後の自分を思い描こうとしても、まったく具体的なことが浮かばなくて、不安で不安でしょうがなかったです。ただがむしゃらに働いて、家族との生活を守ることしか考えていなかった気がします。

 

── 娘さんたちはまだ小さかったと思いますが、その不安を奥さんと共有することはありましたか?

 

木村さん:僕はそのへんはすごく共有するので、ふたりで「これからどうしていこうか」という話はつねにしていました。ただ、妻は心配性なんですけど、悲観的な性格ではなくて。そこにはすごく救われたと思います。

 

── 先ほどの雨の日のタクシー話を含め、奥さんの株がどんどん上がっていきますね(笑)。

 

木村さん:そうかもしれません(笑)。でも、家庭では僕が全部引っ張っていくタイプで、自分がロケバス運転手になるのも、後に岩手に行くことになるのも、妻にはすべて事後承諾でした。唯一、妻が自分から言ったのは「子どもたちが大きくなるまでは専業主婦でいたい」と。僕もそうしてほしいと思ったので、なおさら自分で稼ぐしかなくて。そういう意味では責任重大で、将来への不安はめちゃくちゃありました。

「自分から不幸に近づいていた」と気づいて

── 現在は、岩手朝日テレビの朝の生番組『Go!Go!いわて』のMCを務めるほか、青森県でもレギュラー番組を持たれています。「たられば」の話になりますが、「もしあのときにこうしていれば?」とか、「あのまま東京に残っていれば」と考えることはありますか?

 

木村さん:以前の僕は「あのときにこうしていれば」というのを、すごく考える人間やったんです。でも、途中から「そんなことを考えても、なんの意味がない」と気づいて。それこそ、岩手に移住する前は子どもたちの学校のことを心配したりしていたけど、それもなんとかなってるんで、今は自分が置かれている状況に全力で尽くすようにしています。だから「あのまま東京にいたら」と考えたことはないですね。

 

──「たられば」を考えても意味がない?

 

木村さん:それで未来が変わるわけじゃないですからね。僕も含めて、みんな幸せになりたいと思って生活しているじゃないですか。でも「あのときにこうしていたら」と思うことは、実は幸福になろうとしていないんじゃないかと思うんですよね。それだったら少しでも未来が明るくなる方法を考えたほうが幸せだと思うし、自分の目標に近づけるんじゃないかな、と。たとえば「明日、楽しみやな」とか、「明日、晴れたら出かけよう」とか思うだけでいいんですよ。日々を前向きに捉えた方が自分自身が幸せだし、楽だから、僕はそう考えるようにしています。

 

── それは芸人の仕事が減り、テレアポのバイトやロケバスの運転手をしていた時代にもそう思うことができていましたか?

 

木村さん:ロケバスの運転手として働いていたときは、後輩たちを乗せては「あいつら華やかやったな…」と落ち込んで、妻にもそういう話をしていました。でも、そんなときに樹木希林さんが亡くなられて、その葬儀の様子をたまたまテレビで観ていたときに、娘の内田也哉子さんが樹木さんの言葉として「おごらず、他人と比べず、面白がって、平気に生きればいい」というのを話されていたんですね。それを聞いてハッとました。

 

まず、「人と比べるな」というところで、僕は誰かにバカにされたわけでもないのに、勝手に「あいつら(後輩)は華やかなのに、俺は何をやってるんや…」と思って、ときには妻に当たったりもしていて。当時は負のスパイラルにハマっていたと思うんですけど、それは結局、自分が人と比べるところからスタートしていたからなんですよね。

 

「幸せになりたい」と思っていたのに、「自分から不幸のほうにいっているやん」と、樹木さんの言葉で気づかされました。そこからは自分の意識が変わり、自分が勝手にマイナスに思うことをできるだけ減らすようにしました。

 

── マイナスをプラスに変換するのは大切なことですが、一方で難しさもありますね。

 

木村さん:僕、今は年齢非公表にしているんですけど、調べたらすぐに出てくるんで言ってしまうと、今年で50歳になったんですね。それで50歳記念として「100㎞マラソン」に挑戦したんです。最初は「あれは超人的な人たちがやるもんやから、自分には絶対に無理や」と思っていたんです。実際、「無理や、無理や」と思いながらスタート地点に行ったんですけど、いざ走ってみたら完走できたんですね。

 

そのときにやる前から「無理や」と思うのと、やってから「無理やった」と思うのでは、まるで意味が違うなと。もちろん、走っているときはしんどいけど、それをしんどい顔で走っていたらもっとしんどくなってくるので、わざと笑顔で走ると、体は「まだいけるんや」と感じるんですね。それは単純に錯覚なのかもしれませんし、自分がつらいときや大変なときに笑顔になるのは難しいと思いますが、自分でできるだけ面白がることは大事なのかなと思います。

 

取材・文:馬場英美 写真:天津木村、吉本興業