ブレイク後の不安と41歳で新人になる覚悟

── 29歳の頃に落語家になることについて考えたことがあったそうですが、やっとの思いで手に入れた売れっ子の地位を捨て、41歳のときに落語家に転身。年齢的なことや、日々の生活を失う怖さで、ゼロからスタートを切るというのはなかなか厳しい選択だったのでは。

 

三度さん:30代後半でようやく人気が出たものの、自分の実力と人気が比例してないとずっと思っていました。「実力がないまま売れ続けたら、いつかとんでもない事故が起きる」という不安が常にあって。

 

思えば、NSC(吉本興業のお笑い養成所)に入るときも「自分なんかにできるわけがない」と何年も悩んで、自信がないところからスタートしました。始めたあとも「人より才能がない」と思っていて。でも工夫がうまかったからここまで来られた。

 

── テレビの印象からは想像できませんでしたが、ネガティブゆえに石橋を叩いて渡るような、地に足のついたキャリア形成ができていたのですね。

 

三度さん:僕は「いいテレビタレントになること」を目指しているんですけど、それを叶えるためにコンビを組んで、ピン芸人もやって、放送作家もして、落語家になりました。なんで落語なのかというと、「勘」だけなんです。特に落語が好きだったわけでもありません。でも、落語を学んだら、ようやく地に足つけるんじゃないかって思ったんです。29歳で落語家になろうと思ったあのときの気持ちを信じて、1年悩んでコンビを再解散し、弟子入りしました。

 

── 年齢を追うごとに自分のできないことに目を背けたくなってしまうので、真正面から向き合う姿がまぶしいです。憧れだった師匠の六代 桂文枝さんに弟子入りし、師匠から「桂三度」という高座名をつけてもらったそうですね。

 

三度さん:これまで漫才師、放送作家、落語家に挑戦してきて、三度目の正直という意味と、落語家として三度の飯を食えるように。あと、僕は本名が渡辺って言うんですけど、「渡」の字を左右に分けると「三」と「度」になるんですよ。このトリプルミーニングで考えていただきました。気に入ってます。

 

──「三度」というのはてっきり、ピン芸人「世界のナベアツ」の3の倍数ネタからとったものだと思っていました。

 

三度さん:師匠も最初は、「3の倍数でつけようと思ってたんやけど」と言っていました。でも、ネタとは関係なくつけてくださったようです。

 

── 笑いを追求するという意味では、「漫才も落語も通じるものがあるのでは」と素人目線で思うのですが、漫才が落語に活きることはあるのでしょうか。

 

三度さん:残念なことに違うところが多すぎますね。陸上競技にたとえるならば漫才は短距離走で、落語はマラソンです。走るということだけは一緒だけど、種目が違えば手法がまったく違う。漫才はオチまでのスピードが早くて、これを落語に取り入れると落語っぽく聞こえないんです。

 

落語の大阪言葉は、大阪弁よりさらに大阪弁で。東京に20年住んでいたので、どうしても東京の言葉が混じってしまうし、変な癖もついてるんで、戻すのにも何年もかかるんですよ。

遠回りが近道に…そんなわけないけどね(笑)

── 周りから「落語家は安定していそう」と言われることもあるそうですね。収入も変わりましたか?

 

三度さん:そういうイメージがあるみたいなんですけど、「そんなわけないやん」って言いたいですね。漫才師と一緒で、安定しているのは売れている方だけ。入った直後は修行中の身なので収入はないですし、コロナ禍で仕事がゼロになりました。寄席に1日中出ても何千円。儲かるわけがないですよ。仲間同士で落語会を作って、助け合ってやっているんですけど、日々絶え間ない努力が必要です。収入は、世界のナベアツで売れていたときの10分の1になりました。芸人と、放送作家を続けていたら今より収入面では安定していたでしょうね。

 

── 落語家に転身して今年で15年。29歳のときに一度は「諦めたほうの夢」の伏線回収を40代で始めたようにも見えます。年齢や現状維持を理由に、本当に叶えたいことをいつの間にか諦めてしまう人が大半の世の中で、苦労を買い続ける原動力を教えてください。

 

三度さん:自分でも「なんでそんなしんどいところに行きたがるの。もうやめときや」って思うんですけど、やっぱり「やってみたい」と一度思ってしまったら、気が済まないし、やらなかったら後悔するんですよ。すっごい遠回りしてるんですけど、実は近道かもしれないと自分に言い聞かせてます。実際、そんなわけないんですけどね(笑)。

 

落語の世界で、「聞けるようになった」と言ってもらえるには30年かかると思っているので、あと15年ですね。そこに向けて仕上げていって、テレビタレントとして売れることが目標です。

 

取材・文:内橋明日香 写真:桂三度