「3の倍数と3がつく数字のときだけアホになる」のネタでブレイクした世界のナベアツさん。トレードマークのヒゲを剃り、着物姿で「桂三度」として高座に上がる日々を送っています。ブレイク直後も「いつか事故る」と不安を抱え、売れっ子の地位を捨ててまで41歳で落語界入りして15年。「しんどいところに行きたがる」と語る57歳の生き様とは。
この夏、あの「世界のナベアツ」が再注目された
── 今年の夏、Xで、「数え続ける世界のナベアツbot」さんのアカウント(吉本興業公式のアカウントではありません)がバズりました。桂三度さんが「世界のナベアツ」としてピン芸人時代にしていた「3の倍数と3がつく数字のときにアホになる」というネタ通り、定期的にひたすら数を数える投稿が繰り返されます。30万では「サァンジューマンwww!?」(実際には半角カタカナ)とアホになる様子が話題になっていました。平成のネタが令和で蘇りましたね。
桂三度さん(以下、三度さん):僕自身、バズっていることをまったく知らず、人から聞いてXを見てみたんです。投稿主は知らない方ですが、僕のことが好きなのか、ただイジりたいだけなのかわからないものの、平成のネタをいまだに覚えてくれていて率直に嬉しいです。ドンドン遊んでください。

── Xでもバズった、この3の倍数ネタがブレイクするきっかけでしたね。
三度さん:自分が好きなネタとウケるネタは違くて、3の倍数ネタは、「そんな気に入ってないけど、とりあえずやってみよう」と思ってやってみたらウケたんです。「俺ってこんなにウケんねや」とびっくりしました。
おそらく、時代とタイミングがよかったんでしょうね。ショートネタブームで、1分くらいのネタをする番組も結構あって。周りのレベルがどんどん上がってネタがスタイリッシュになっているなかで、僕だけアホなことをしていたのが目立ち、逆に新鮮だったのかもしれません。3の倍数ネタをお客さんの前で披露して、2か月後には『笑ってはいけない』シリーズの収録に。当時は他のことを考える時間もないので、「もうええ、ここは一発屋で突っ走ってしまおう」と数年がむしゃらにやってきました。
「地に足がついていない」コンビから放送作家に
── ピン芸人「世界のナベアツ」として売れたのは30代後半でした。もともと「ジャリズム」というコンビで活動し、解散後は放送作家を5年していたそうですが、なぜ放送作家に。
三度さん:コンビとして関西では知名度も上がったんですけど、東京進出してから思ったほど売れなかったんです。焦った相方から解散話を切り出されました。
1998年に解散して、このあとどうするか考えたとき、放送作家か落語家の二択が頭に浮かんで。29歳から落語家になるのは厳しいだろうと思い、そのときは放送作家を選びました。若いときから、ふわふわして地に足がついてないと感じていたので、テレビについてちゃんと勉強しようと。
── 人気番組の放送作家をしていたそうですね。
三度さん:『アメトーーク!』に『めちゃ×2イケてるッ!』、『笑っていいとも!』などですね。番組の企画や構成を考え、台本を書いていくのですが、生放送の番組は急な対応を求められました。急いで順序立ててトラブルを対処することもあり、「今後こうなるやろう」と予測していく作業は勉強になりました。
本当はコンビで売れたかったんですが、『M-1グランプリ』の出場資格を失って(当時の出場資格はコンビ結成10年以内)それならば「ピンでいこう」と。世界のナベアツとして『R-1グランプリ』に出たのがブレイクのきっかけになりました。