自分が作れなくても。チームで残した「わが家の味」
オーガニック喫茶店を営んできたはらださんが長年、大切にしてきたもののひとつが「食」。特に「家族のために作る料理」には思いが深く、病気が進行しても、できる限り家族の食事を作り続けてきました。しかし、2023年11月ごろには、包丁を握ることも鍋を持ち上げることも難しくなり、料理は介護ヘルパーにお願いするようになります。
それまで、マヨネーズなども手作りするなど、料理にこだわりを持っていたはらださん。積み重ねてきた「わが家の味」を自分の手で作れなくなったことには当初、大きな戸惑いがありました。
「やっぱり、わが家の味を家族に食べてもらいたい。そんな思いが募ったある日、『そうだ、自分がレシピを書けばいいんだ』と思いついたんです」
はらださんは、それまで作っていた料理の材料や調味料の分量を頭の中で思い返し、レシピにしていきました。そのレシピをもとに、家族や介護ヘルパーさんに料理を作ってもらい、はらださんが味をたしかめながら、「わが家の味」を残す、試行錯誤が始まりました。
気づけば100を超えていたというはらださんのレシピ。そのレシピが書籍になるまでには、友人の田中文さんの存在がありました。
田中さんはこれまで、複数の書籍で企画や執筆に携わった経験があり、出版社とのつながりもありました。そこで、まずスタートしたのが、はらださんのWEB連載企画。連載記事や、はらださんがさまざまな媒体で紹介されるようになったことをきっかけに、レシピエッセイの出版について声がかかったと言います。

こうして、はらださんが書き溜めてきたレシピは、2026年3月、『もしもキッチンに立てたなら 難病ALSのママが綴るいのちのレシピ』として1冊の本になりました。
はらださんが人生をかけて築いてきた「わが家の味」が人の手を介して形になり、多くの人に届けられました。そして、今も自分の言葉で発信を続け、多くの方に希望や勇気を届け続けています。周囲の仲間たちも手伝うというより、はらださんから学びたいと感じ、集まっているといいます。
もちろん、身体が思うように動かないことで、周囲の力を借りる場面はあるけれども、身体が動かないことと、活動していないことはイコールではない。病気による「諦め」ではなく、その状況のなかでも自分らしく生きる「希望」を忘れない大切さを、はらださんは教えてくれます。
取材・文:佐藤有香 写真:はらだまさこ 取材協力:田中 文