大相撲力士の志摩ノ海さんと結婚し、現在はひとり娘の子育てをしている天咲千華さん。34歳のとき、卵子凍結し、体外受精をへて2度目の移植で出産しました。自身の体験の公表を決めた背景には当時の卵子凍結の成功例の少なさが背景にありました。

初めて会った瞬間に「この人だ」と

天咲千華
故・井筒親方の誕生日の前日に入籍をし、誕生日当日に結婚式と披露宴を行った天咲さん

── 天咲さんは2022年に大相撲の志摩ノ海さんと結婚されました。ご主人との出会いから結婚まで、驚くほどのスピード感だったそうですね。

 

天咲さん:父と縁のある親方からの紹介でお会いしたのですが、初めて会った瞬間に「この人だ」という直感がありました。主人が『ジョジョの奇妙な冒険』のスマホケースを持っていたり、私の大好きなマイナーなギャグ漫画の話についてこれたり…。なんと彼はその漫画の主題歌の「二番」まで歌えたんですよ(笑)。

 

私は人生において、迷う時間を無駄だと考えています。レストランのメニュー選びから、宝塚退団の決断、そして結婚に至るまで、常に即決です。大きな運命の流れが来たときに、瞬時にその手を掴む決断力。それこそが私の哲学です。演じる必要のない、ありのままの自分を包み込んでくれる彼となら、どんな苦難も乗り越えられると確信しました。

 

── 結婚されて4年経ちますが、力士の奥さんは大変なことも多いのではないでしょうか。

 

天咲さん:体調のことも、メンタルのことも常に気になりますし、毎日がハラハラして、鍛えられる思いでした。勝負師の妻という立場には、こんなにも多くのご苦労があるのだと実感していますし、母の姿も重ねながら、改めて尊敬の気持ちでいっぱいになります。

 

── ご主人が仕事に専念できるよう、普段心がけていることはありますか。

 

天咲さん:まずは自分の中にしっかりとした“自分軸”を持っておくことが必要だと感じています。家の中の空気って、やっぱり周りにも伝わるものですよね。夫が揺れることがあるのは当然だとしても、私まで一緒にグラついてしまったら、家庭全体が不安定になってしまう。だからこそ、私は自分の軸を1本しっかりと立てて、どんと構えていたいと思っています。

 

その軸を保つために意識しているのが、「自分の人生をきちんと楽しみきる」という姿勢です。仕事も子育ても、どれも中途半端に向き合うのではなく、しっかり意識を向けて、全力で楽しむ。そうやって日々を味わいながら生きることが、私にとっての安定につながっている気がします。

卵子凍結を公表した背景は

── 2023年に長女を出産されました。天咲さんは卵子凍結もご経験されていますが、出産に到るまでのプロセスは大変だったのでしょうか。

 

天咲さん:私が卵子凍結を公表しようと決めた背景には、当時の成功例の少なさがありました。受精卵の凍結・解凍は一般的で成功例も多い一方で、卵子単独の凍結はまだ症例が少なく、妊娠・出産まで至った例はほとんど見つからなかったんです。

 

卵子は受精卵よりも繊細で、解凍の段階で壊れてしまうことが多いと言われています。最近では、インフルエンサーの方が「卵子凍結したけれど全滅してしまった」という発信をして話題になっていましたが、当時からそのリスクは説明を受けていました。

 

── 実際に卵子凍結を経験されてどのようなことを感じましたか。

 

天咲さん:私は、摂食障害による生理不順などの不安もあって34歳のときに卵子凍結をしたんです。当時は独身で未来が見えないなか、排卵を誘発するため、自分自身で腹部に自己注射を打つ日々は、精神的に非常に孤独で過酷なものでした。

 

34歳のときに採卵した7個はすべて凍結したのですが、「数としては少ないので、もう一度採卵したほうがいい」と言われていました。とはいえ、卵子凍結のプロセスは本当に大変で、独身で将来が見えない中、ひとりで向き合うのは正直きつかったですね。結局「2回目は考えます」と伝え、ひとまず7個を保存したままにしました。

 

その後、35歳で結婚しましたが、年齢のこともあり「凍結した卵子を早く使いたい」という思いが強く、夫にも相談して不妊治療を始めることにしたんです。ただ、7個では心もとないため、改めて採卵を行いました。

 

── 身体的にはもちろんですが、精神的にも疲労を感じたのではないでしょうか。

 

天咲さん:採卵は身体への負担が大きいため、卵巣を休ませる期間が必要です。追加で採れた卵子はその場で受精させて凍結し、移植の準備を進めました。しかし、最初に凍結していた卵子は解凍の段階でほとんどが壊れてしまい、卵子凍結の難しさを改めて痛感しました。その過程で私は一度、稽留流産も経験しています。最終的に授かった娘は、奇跡的に残った「卵子凍結の単独卵」から生まれた子なんです。

 

今では卵子凍結の成功例も少しずつ増えているようですが、当時は本当に稀なケースでした。2回の凍結と解凍を経ていることもあり、妊娠がわかった後も「本当に大丈夫だろうか」と不安がずっと続きました。着床して育ってくれていても、出産の日まで心配は消えなかったですね。

 

── 天咲さんと同じように悩んでいる方も多いと思いますが、その方々にはどんなことを伝えたいですか。

 

天咲さん:現在、卵子凍結はひとつの選択肢として普及していますが、その身体的リスクや成功率の低さという綺麗事ではない現実も、経験者として発信していく使命があると感じています。私の経験が、今同じ悩みを持つ誰かの光になればと願っています。