私にとっての苦痛は「学校に通うこと」だった

── その後、中学2年生の夏に両親が離婚し、ヨシダさんはお父さんについていくことになりましたが、不登校もその頃からはじまったと聞きます。
ヨシダさん:母と一緒に住んでいたときは、私が学校を休もうとすると母が「学校に行きなさい」と言うんです。学校に行かないことはいけないことだと、母から連日のように言われるのが何より苦痛でした。
でも、母が家を出たことによって私に「学校に行け」という人がいなくなったんです。当時から自分は勉強ができないことはわかっていたし、自分が興味のない授業を受けるために月曜日から金曜日まで学校に行って、毎日決まった時間を拘束をされること自体が嫌でした。集団生活も苦手だし、いじめもますますエスカレートしていたんです。「もう、こんなに不向きな場所にいる必要はないのかも」と思ったんです。
楽しく生きることよりも、自分が苦しい、つまらないと感じることを、少しでも取り除きたいと考えていました。自分の性格も踏まえると、大人になっても誰かと積極的にコミュニケーションを取るような仕事は向いてないだろうな。学校に友達が多いわけでもないし、もっと自分に合う空間とか、自分がほかにできることがあるんじゃないかな。そう思って、学校に行くのをやめました。