妻とはケンカばかり。ことあるたびに「離婚!」
── 治療費は、妻のmisonoさんが働いて工面されていたそうで。
Nosukeさん:僕はがん保険に入っておらず、ふたりとも貯金をしていませんでした。妻には「ごめん」って気持ちはあったんですけど、僕が病気じゃなくても妻は働いていたと思うので(笑)。「運がいいな。恵まれてるな」と思っていました。
でも直近の仕事を飛ばしてしまったので、仕事関係の方に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。先が見えない中、今後の計画を立てられないなんて、こんな迷惑な話はないと感じていました。
── 闘病中に支えになってくれていた人はいましたか。
Nosukeさん:お見舞いに来てくれたみなさんですね。とくに地元の友人やスタッフさんは今までと何も変わらず接してくれたことが嬉しかったです。自分をきっかけに保険に入ったとか、人間ドッグに行ったとか、両親に気をつけるように言ったとか。僕をきっかけに誰かを救うことに繋がってくれてたらいいなって。
── misonoさんの姉、倖田來未さんをはじめ、ご家族もお見舞いに来てくれていたそうですね。
Nosukeさん:毎日、誰かが部屋にいてくれたのでありがたかったです。でも、妻とはケンカばっかりしていました(笑)。何かあるたびにすぐ「離婚する!」って言われて。ほとんど内容は覚えていないくらい些細なことだったと思うんですけど、「なんで今そんなこと言うの?」って。いつもの僕だったら流していたのに、いちいち言い返してしまっていました。今思えばですが、心配する想いは同じなんですけど、お互いに当たるところがなくて、夫婦でぶつかっていたように思います。
「メンタルの影響は絶対ある」と信じ
── 5年生存率が40%と言われたと伺っています。闘病の不安や心配をどう乗り越えてきたんですか。
Nosukeさん:僕と同じように闘病中に発信していた方のブログを読んでいたのですが、途中で更新が止まってしまって。亡くなったことを報告する最後のブログを親御さんが書かれていたのを見ていたので、「こういうことがある」と覚悟しながら過ごしていました。
そうしたなかで、「今は体も動けているけど、いつか動かなくなるのかな」とか、「そうなったらどうなるのかな」とかマイナス思考になる時期もありました。でもこういった漠然とした不安って、病気の人だけじゃなく、生きていたら誰にでも何かしらあると思うんです。それに、メンタルが治療に及ぼす影響は絶対にあると思っていて、ネガティブにばかり考えていると、体が病気を受け入れてしまうんじゃないかなって。
2週間入院して抗がん剤を投薬して、退院して体を休めてというサイクルを4回繰り返したのですが、「絶対に治す」と、ポジティブに考えることを意識していました。抗がん剤治療が「ここから5年かかる」と言われたら絶望していたかもしれませんが、期間が半年だったので「ここを踏ん張ったら絶対よくなる」と思えていたんです。その結果かどうかはわかりませんが、治療後の数値もだんだんよくなり、自信が持てるようになっていきました。
── 抗がん剤治療によって小さくなった腫瘍を取り出すための手術を2度されました。最初の手術は左睾丸の摘出手術で、その後行ったお腹の腫瘍を取る手術は、8時間の予定が伸びて15時間もかかったそうで。
Nosukeさん:オペのあとの痛みが人生最大にしんどかったです。オペ自体は「これを乗り越えたら治るんだから我慢しよう」と思って挑んでいたのですが、術後の痛みが想像を超えるつらさでした。長時間に及ぶオペで体への負担が大きかったので、オペの後、2日間はICU(集中治療室)に入っていたのですが、その間ひたすら痛みに耐えていました。
たとえがわかりにくいかもしれませんが、僕がしているピアスやタトゥーは、痛いことを承知のうえで自分から望んでしているので耐えられるんです。でも望まない痛みっていうのはストレスがすごくて。痛み止めは服用していたのですが、それでも痛すぎて時間が経つのがめちゃくちゃ遅く感じました。
今年の春に妻が帝王切開で子どもを産んでいるので、比べられるものじゃないですが、妻は「口が裂けてもNosukeの苦しみがわかったとは言えないけど、Nosukeはもっとつらかったんだろうなと思えたから、帝王切開の経験ができてよかったのかもしれない」と言っていました。