「まさかのドッキリ?」で河内音頭を披露

── 手術から約3か月での復帰。周囲の反応は?

 

河内家さん:マネージャーからは「3月に本調子で歌えますか」と何度も聞かれて、つどやりとりしました。そして、正式に「吉本百年物語」のプロデューサーから、「3月からの復帰で大丈夫ですね。それなら、2月公演の千秋楽になんばグランド花月に来て、出演者に花束を渡して、『来月から出ます』と舞台挨拶してください」と依頼されました。

 

当日は久しぶりの外出だったのですが、ずっと入院や療養生活が続いたので、「劇場ってこんなにきらびやかなところだったんだ」と感慨深かったです。本番中、舞台の袖で待機していると、反対側の舞台袖に、ちらっと菊水丸一座のメンバーらしき人影が見えたんですよ。しかも、太鼓とギターを持っている(笑)。「え?」と不思議に思いながらも、背中をポンと押されて舞台に出て出演者に花束を渡したら、「河内家菊水丸さんはしばらく入院しておられましたが、来月から復帰されます!」と紹介され、拍手が起きて、太鼓とギターが出てきたんですよ。

 

── それは、ドッキリみたいな感じですか?

 

河内家さん:そうですよ、ぜんぜん聞いてないのに、うちのメンバーがいるんですよ(笑)。そのまま「では、元気なお声をご披露いただきましょう!」と太鼓がドンドンとイントロが始まり、マイクを渡され…。いやいや、手術してから人前で歌ってないのに、超満員の劇場で、全力で歌うなんて展開が急すぎですよ!手術後、本調子で歌ったのはそのときが初めてでしたが、以前と変わらず歌い終えることができて、ホッとしました。

 

歌い終わって楽屋に戻る際、本番前は誰も姿を見せなかったのに、社長や関係者が待っていて、「いやー、いい声やった!」と、声をかけられました。たぶん「本人は歌えるというけど、本当にできるのか?」と、試されていたんでしょう。それまで、自分ではなんとなく大丈夫だと思っていましたが、のどに負担をかけないよう、リハーサルは遠慮していたんです。

 

もし、本番一発目で思いきり歌って、のどがパーンと破けたら、それはもう「ここまでか」と、自分で納得できるじゃないですか。だから、本当に復帰する本番まで本調子で歌うのはとっておきたかったのですが、その前に確かめて万全を期したい会社側の立場も理解できます。ドキドキしましたが「自分が考えていたよりもいける」手ごたえをつかめて、自信がつきました。

 

河内家菊水丸
甲状腺がん手術後に吉本興業創業100周年記念「吉本百年物語」開幕公演でオープニング音頭を歌って復帰(一番右が河内家さん)

── 順調な回復や仕事復帰を遂げましたが、生活面で変化はありましたか?

 

河内家さん:手術後、抗がん剤治療などはないのですが、今でも半年に一度の検査を受けています。今のところ問題はありません。でも、ごくわずかに残っているかもしれない甲状腺がん細胞に栄養を与えることになるため、ヨード(ヨウ素、甲状腺ホルモンの主原料)類がダメになりました。

 

具体的には昆布、わかめ、寒天、増粘多糖類などです。とはいえ、昆布は大阪で外食すると、どこでも入っている食材ですし、とくにうどんは必ず昆布出汁なので、どうしようと思いました。他にも甘いもの、和菓子もダメ。洋菓子はいいけど、クリームに増粘多糖類が入っていたらダメです。インスタントラーメンも避けるべきで、これまで好きだったものが、ほぼすべてNG。家で食材や調味料を選んで、ヨード制限食を作るのはすごく大変なんです。その手間のかかる、栄養と完全ヨード抜きを両立した食事を、当時付き合っていた彼女(今の奥さん)に作ってもらってすごく世話になり、それがきっかけで結婚しました。

 

今でも家では完全にヨウ素抜きの食事なんですが、大阪で外食するのに「昆布抜いてください」なんて言えないじゃないですか。だから、今は外食時は多少はOKにしているんです。執刀医もそれでいいと言ってくれています。その先生と一度てっちりを食べに行ったら、ふたを開けた瞬間、大きな昆布が入った鍋がボコボコボコッと沸騰していて。私が「ヒー!」と悲鳴を上げたら、「万が一、また必要になったら、僕が切るから大丈夫」と言ってくれました(笑)。今ではこうして笑い話にできるくらいになりました。