ティッシュ箱に書き残された最期のメッセージ
── お父さんからの言葉を最期に聞くことができたのは幸せでしたね。そしてご家族に囲まれて、いつも通りの時間を過ごせたお父さんも幸せだったのではないでしょうか。
大家さん:本当に。最期の時間が迫っているのにたくさん笑いましたから。わが家らしいなと思いました。鎮静剤の準備が完了し、看護師さんが鎮静剤の入った点滴の針を父の腕に刺した瞬間、注射嫌いの父が大げさなくらい、大きな声を出したんですよ。絶対にそんなに痛くないでしょっていうサイズの注射針だったので、家族全員が父の最後の「渾身のボケ」と受け取りました。こんなときなのに、私たちは泣きながら笑っていました(笑)。
父が「最高の人生だった」と言い残し目を閉じると、次第に眉間のシワも消えていきました。それを見てホッとしました。父が痛みから解放されて、ゆっくり休ませてあげたいと家族みんなが思っていたので。その日はひと晩、鎮静剤で眠る父をみんなで見守りました。意識を失っていても耳は聞こえると聞いていたので、みんな「ありがとう、がんばったね」と伝えました。次第に息を吸って吐くまでの間隔が開き始め、最期は息を引き取るという言葉のとおり、息を吸って呼吸が止まりました。
ふと、病室に置いてあったティッシュペーパーの箱に目を向けると、父の字で「かなしみに勝てるのは エガオダケ」と書かれているのを見つけました。それを見て、一気に思いがこみ上げて涙が出そうになったのですが「カタカナ(エガオダケ)で書いたら、キノコやん」と弟のひと言で、また笑いに包まれました。まさに「かなしみに勝てるのは エガオダケ」と父の言葉通り、家族みんなが明るい空気をつくっていました。

── 残される家族を悲しませたくないという、お父さんの優しいお人柄が伝わってきますね。
大家さん:本当に、弱音を吐かず、死への恐怖心も1ミリも見せず、「何の悔いもない」と家族に心配させないようにしてくれた去り際が、最期までカッコよかったです。すごく救われました。父のように強くありたいなと思いましたし、こうすると子どもって悲しくないんだなと学びました。残された家族に言葉をもらえたから、次に進んでいけるというか。本当に最後に「理想の死に方」を行動で教えてくれましたね。
亡くなる前から父のリクエストもしっかりと聞いていました。死に化粧はしなくていい、棺桶はいちばん安いものにして費用は全部最小限に抑えて、浮いたお金で家族旅行に行ってくれと。そして、とにかく兄妹3人仲よくしてねと。誰にも迷惑をかけたくないと言っていた、父らしいリクエストでした。
── ブログでお父さんの死を報告された大家さんの言葉には、ファンの方や親しい仲間に対する気づかいが伝わってきて、同じDNAというか、お父さんのイズムを受け継がれたものを感じます。
大家さん:ブログで報告させていただいたのは、みなさんに心配をかけなくなかったのと、父も家族も「幸せで笑顔のある最期」だったことをお伝えしたかったからです。私の福岡の実家である父が始めたいけす料理店には、これまでファンの方もたくさん足を運んでくださり、芸能界の友人も多くいましたので、改めて、支えてくださったみなさんに感謝をお伝えしたかったんです。
そして父に見習って「最高の人生だった」と、私自身もそう言えるような日々を送っていきたいと思います!
取材・文:加藤文惠 写真:大家志津香