「立つ鳥跡を濁さず」とは、言うは易しで行うは難しい。それが、人生の幕を閉じるときであればなおさらです。元AKB48でタレントの大家志津香さんは、じつに清々しい、そして、笑いも起こる父の死に際に遭遇します。「私もそのときが来たら父のように人生を終えたい」と思えた、理想の最期についてお話を伺いました。
娘に後悔の念を抱かせなかった「父の言葉」

── 大家さんはお父さんが4月に亡くなられたことを、ご自身のブログで報告されました。AKB48時代からのファンの間でもよく知られている存在だったそうですね。約3000字に及ぶ文章は反響を呼び、指原莉乃さん、高橋みなみさんらがSNSでブログのリンクをリポストして「この文章を読んでほしい!」と拡散されました。文章を読むと、お父さんの去り際の姿から学んだことがあったそうですね。
大家さん:最後に父からは本当にたくさんのことを学びました。お酒が好きな父は5年ほど前から肝臓の数値が悪く、酒量の強制的なコントロールとまではいかずとも、お酒の量を控えてきましたが、肝硬変を経て肝臓がんになりました。その運命に父は、「自分の人生に悔いはない」と言ったのです。
私が「もし5年前に戻れたらお酒を辞める?」と聞いたら、父は「辞めないよ。もうここまで完璧な人生だったから、同じように過ごす」と答えました。過去に戻っても同じ道を辿ると言われたときに、ハッとしました。
もし父が「辞めればよかった」と言えば、私はお酒を飲ませないようにもっと強く止めればよかったと後悔したと思うんです。本意はわかりませんが、娘に「これでよかったんだ」と思わせてくれた父の優しさに気がつきました。いつか私にもこういうときが訪れたら、もし後悔があったとしても「悔いがない」と言おうと思いましたね。最期まで、家族思いで強くて優しい生き様を父は見せてくれました。
鎮静剤を打ったら「目覚めない」と告げられて
── 4月半ばに、お母さんから「今から入院する。たぶんもう家には戻って来れない」と連絡を受け、お父さんが病院に入院されたときは、ご家族のみなさんも厳しい現実を覚悟なさったのではないかと思います。そのときのお気持ちを教えてください。
大家さん:主治医の先生に呼ばれて「1週間は持たないと思います」と言われました。ここに来るまでの約2か月、何度か入院をしていたので、そのつど覚悟はしていました。だから、最期を迎える心の準備をする時間はあったほうだと思います。でも、今回いよいよ本当に覚悟しないといけないなという感覚がありました。
医師からは「このままいくと最期は痛みが強くなっていき鎮静剤を打つことになるとけど、打ったらもう目覚めない」と言われました。家族の気持ちとしては痛くてつらいのに延命させることはない、本人が痛いと言ったら鎮静剤を打ってもらおうという気持ちで一致していました。それで先生には「父の意思に任せます」と言いました。

── 鎮静剤を打つと意思疎通ができなくなり死を待つだけとなるのは、ご家族にとっても難しくつらい判断だったのではないでしょうか?
大家さん:そのときの父はまだ会話ができていたので全然、現実味がなくて、複雑な気持ちでした。でも、直近の数日間で痛みが激しくなってきて。「この痛みから父を早く解放してあげたい」という思いが、次第に強まっていったのです。
そしてついに、耐え難い痛みに苛まれ、眉間にしわを寄せた父が「鎮静剤を打ちたい」と言いました。鎮静剤を打ったらもう目が覚めないことを伝えたのですが、父は目を瞑ったまま「いい」と。その父の意思を尊重して、鎮静剤の準備を進めてもらうことにしました。
「最期に何か伝えておきたいことある?」と聞くと、父は振り絞った声で家族一人ひとりに言葉をかけてくれました。鎮静剤の準備が整うまでのわずかな時間でしたが、会話をしながら病室には笑いが生まれ、「こんなときに笑い合う家族、なかなかいないでしょ」と私が言うと、父が微笑んで「それでいい。これがいい。いつも通りがいい」と言ってくれました。