壮絶な特殊清掃の現場に絶句、揺らいだ覚悟

── そんな尾身さんがセカンドキャリアに選んだのは「特殊清掃」という、サッカーとはまったく無縁の仕事です。どんな経緯があったのですか?
尾身さん:サッカーの現役時代、遺品を整理するアルバイトをしていたときに特殊清掃という仕事を知りました。さらに、現役最後の年に所属するY.S.C.C.が「農業従事者の高齢化や後継者不足による耕作放棄地の増加」という地域課題を解決するため農業部を立ち上げ、僕もそこで働くことに。高齢者の方と関わる機会が増えたことで、周囲で亡くなった方々の話をよく聞くようにもなって。「特殊清掃は今後も需要がある仕事なんじゃないか」と思ったのがきっかけです。
── 最初に特殊清掃の現場に入ったときのことは覚えてますか。
尾身さん:もちろん、覚えてます。後にも先にも、これ以上、大変だった現場はないと思うほど悲惨でした。現場は高齢者の方々が集まって暮らしているシェアハウスのような古い1軒家。にも関わらず、突然死のような形だったからか、50代後半の方の遺体が2階の部屋から発見されたのは、死後1か月が経ってからでした。他の部屋には別に人が住んでいたとは思うんですけど、あまり家に帰っていないのかよくわからないのですが…。
部屋の外からでも異臭がひどく、蝿がたかっている。「相当やばい」とその時点で察しました。歩くと床がピキピキと鳴るのですが、これはウジ虫の抜け殻や卵を踏んだときの音で。室内はさらに壮絶で、特殊清掃自体は5日ほどでしたが、臭いをとるために部屋を解体しなければならず、結局2〜3週間かかりました。
── すさまじい現場だったんですね。
尾身さん:覚悟を決めて始めた仕事の初めての現場でしたが、これが当たり前なのかと思うと、さすがに続ける自信を失いかけました。それでも続けようと思ったのは、地方から駆けつけたその方のご家族が片づいた部屋を見て「気持ちが本当に軽くなりました」と泣きながら感謝してくださったからです。その言葉に思わず目頭が熱くなって。「誰かがやらなければならない仕事なら、自分がやるしかない」というマインドになったんです。
── それ以降、この仕事を続けるなかで感じたことはありますか。
尾身さん:亡くなった方の部屋を掃除していると、日記やメモから、本人の性格やご近所との付き合い方など、生活模様が見えてきます。面識はないけれど、遺族の方のために、思い出を拾ってあげているような、そんな実感がありますね。
── 核家族化、高齢化に伴い、孤独死や孤立死が年々増えています。特殊清掃や遺品整理をされる立場から、この状況をどう考えていますか。
尾身さん:たしかに数自体は増えてはいますが、訪問看護やケアマネージャー、ケアワーカーなど、うまく連携しながら地域の連携ができたらいいなと思います。ケアしてもらえるような環境を今から自分で作ることも大切です。