当事者の会で知った「人の温かさ」が救いに
── お酒はそのままスパッと辞めたのでしょうか?
神代さん:いえいえ、そんな簡単なことではありません。まずは自分で稼ぎ、自分の身を立てようと思いました。しかし、子どもの頃から憧れていた塾の講師の仕事に就こうと考え、50社くらい受けましたが不採用が続きました。当時155cmで30キロ、ガリガリに痩せていたので「仕事以前に身体は大丈夫ですか…?」っていう見た目でしたから。受け入れ先がないなか、唯一1社だけ理解のある塾が見つかって。どうにか働かせてもらうことができました。
初めてまとまった給料を受け取ったとき、お酒以外の使い道があることに気づき、衝撃を受けました。社会との関わりのなかで少しずつ自分の生き方を見直しながら、お酒を完全に辞めることができました。
ただ、アルコールの離脱症状なのですが、ホワイトボードに文字を書くときに手が震えてしまうんです。落ち着くまで3年ほどかかりましたが、生徒に見られたら恥ずかしいと思い、必死に頑張りました。
── 当時、アルコール依存症の当事者の会にも入ったそうですね。
神代さん:私が精神科に入院しているときに、当事者の会のメンバーたちが何度も訪ねてきて、退院したら会に来るようにって声をかけてくれていたんです。そのなかに後に夫になる晋ちゃんもいました。
当時は「そんな傷の舐め合いみたいな会に行くか!」と反発していましたが、お酒を辞めて精神的な拠り所が欲しかったのかな。少ししんどいと思ったときに彼らの顔を思い出したんです。「あいつら、いつも穏やかだったな。私が文句を言っても受け入れてくれたな」って。
勇気を出して当事者の会に行ってみると晋ちゃんがいました。私を見て開口一番、「お前、何しとったん。早く上がれ」って言ってきて。最後に病院で会ってから1年も経っているのに、私のことを覚えていてくれた。「よう来たな」といった形式的な挨拶もなく、「生きとったか」って。はじめから仲間扱いしてくれたんです。
── 安心しますね。
神代さん:はい、気持ちがスーッと軽くなりました。みんなの話を聞いて「自分と同じ思いをしている人がいるんだな」と知ることができたこともあって、そこから継続的に通うように。自分の話にも共感してもらえたことで、少しずつ傷が癒えていったように思います。
私は子どもの頃から父から虐待を受けて育ち、大学に入ったあとはお酒に溺れ、複数の大人の男性からお金の援助を受けながら親密な関係になり、いつも仮面を被って生きていました。人間関係の摩擦で過敏になった人は、どこかに逃げ場を探してるんだと思います。私は当事者の会に入ったことで初めて仲間ができたし、自分のみっともないと思う部分も話せたことで、だいぶ解放された気がします。人によって逃げ場はそれぞれだと思いますが、あのときお酒を辞めて、辞めたから当事者の会に行って、晋ちゃんや仲間に出会えた。大変なことばかりの人生ですが、そのぶん人の温かみを感じることができました。
取材・文:松永怜 写真:神代ちよみ