「最初はそんな傷の舐め合いみたいな会に行くか!と反発していたんです」。アルコール依存症で入退院を繰り返した神代ちよみさん。入院中にお酒を飲み、病院から入院を拒否されたそうですが、当時出会った依存症の当事者の会のメンバーが後に、どん底にいた神代さんを救うことになったのです。

「お酒を辞めろ」と、誓約書だって書いたけれど

神代ちよみ
入退院を経て参加した自助グループにて後に結婚する夫の晋ちゃんと

── 現在はアルコールなどの依存症に悩む人を支援に取り組むNPO法人の理事をしている神代さんですが、学生時代はご自身もアルコール依存症だったそうですね。大学生でお酒を覚えてからわずか半年で朝から酒浸りの生活に。心身を壊し、何度も入退院を繰り返したそうですが、お酒を辞めようと思うことはありましたか?

 

神代さん:まったくなかったです。お酒を飲まないと1日が始まらない気がしたし、生活がお酒中心で回っていましたから。

 

ただ、大学生の頃からしばらくお付き合いした方がいて、その人と一緒にいるときはお酒の量が自然と減りました。心の内を話せる相手だったので、お酒に頼らなくても満たされたんだと思います。

 

でも、社会人になると私の生活状況の悪化や依存症が復活し、父が山口から長崎まで迎えにきました。実家に戻った後もしばらくは彼と連絡を取っていましたが、長崎と山口で距離もあり、自然に疎遠になっていきました。

 

── 実家に帰った後は、生活は落ち着いたのでしょうか?

 

神代さん:いえ、さらに破滅的な生活になりました。長崎では一般企業に就職して営業の仕事をしていましたが、実家に戻って仕事も辞めちゃったし、自尊心も何もなくなって、朝から飲んで1日をやり過ごすしかなくなったんです。同居していた祖母から酒代がもらえないときは、スーパーのポイントカードのスタンプを集めて景品のお酒と交換したり。実家のベッドの下にお金が落ちていないか探したり。自分でも酷かったなと思います。

 

周りから何万回、何億回と「お酒を辞めろ」と言われ、契約書だって何度も書いたけど、結局その場だけ。お酒の飲みすぎで吐血して救急で運ばれたり、膵炎で入退院を繰り返したり。入院中に病院を抜け出して酒を買い、飲んでいるところを見つかることもありました。こうした行動が重なり、地元の病院から入院を断られるようになりました。

 

また、入院中に数値を測ると、ガンマGTP(主に肝臓や胆管などに存在する酵素。体内の不要物の解毒や分解に関わる)やアミラーゼ(消化酵素でんぷんやグリコーゲンなどの炭水化物(糖質)を分解する消化酵素の一種)の基準値を遥かに超えていて、目の白いところにも全部黄疸出ちゃってね。はじめは内科に入院しましたが、入院を拒否されるようになって、入院生活のほとんどは精神科で過ごしました。