ダンプ松本さんやクラッシュ・ギャルズなど1980年代に大ブームを巻き起こした女子プロレス界で、同期の北斗晶さんらと活躍していた西脇充子さんは、引退後、魁皇関(現・浅香山親方)と運命的に出会い1999年に結婚。現在、12人の弟子を抱える相撲部屋のおかみとして奮闘中。思いがけず相撲の世界に導かれた、西脇さんの27年について話を伺いました。

食事会で運命的な出会い「新聞で結婚報道されて」

── 女子プロレスラーとして活躍していた西脇さんですが、元大関の魁皇(現・浅香山親方)とご結婚されて、現在は浅香山部屋のおかみさんに。相撲部屋に嫁ぐことは、まったく想像していなかったそうですね。

 

西脇さん:本当に人生どうなるかわかりませんね。そもそも結婚するとも思っていなかったし、相撲部屋のおかみさんになるなんて全然、想像していませんでした。若い頃は、「年下はダメ」「太っている人もダメ」とか、好みのタイプもありましたけど、全然タイプじゃない人と結婚するわけですから、自分でも不思議です(笑)。

 

彼に出会う前に占いで「あなたの後ろに大きいお相撲さんがいる」って言われたことがあったんです。親戚やご先祖様じゃないかと言われたのですが、まさか結婚相手でしたね。結婚するときに思い出してハッとしました。

 

── 西脇さんは若くして卵巣がんをご経験され、それがきっかけで魁皇関に出会うことができたそうですね。どのような出会いだったのですか?

 

西脇さん:女子プロレスを辞めた後、27歳で卵巣がんになり、手術と抗がん剤治療で半年間入院しました。退院したとき、知人が「お相撲さんと会うと元気になるよ」と、食事会を開いてくれたんです。昔からお相撲さんは神聖な存在として特別な力を持つとされてきたこともあり、会わせて私を励ましてくれようとしたんです。

 

知人は当初、武双山関(現・藤島親方)に声をかけてくれたようですが、急用で来れなくなってしまい、その次に声をかけた魁皇関が当時、ケガで場所を休場していたにもかからわず、「僕で力になれるんだったら」と、来てくれて。

 

そのときの私は抗がん剤で髪が一度抜け落ちた後でした。生えてきたばかりの髪を美容師の友人が「カッコよくしてあげる!」と、金髪のベリーショートにしてくれたんです。食事会には後輩のアジャコングを連れて行ったこともあり、強烈なインパクトを与えたとは思います(笑)。後から聞いたら、彼は「ダマされたと思った」って。病気明けの子と聞いていたのに、すごく元気でアジャもいる。そんな第一印象だったみたいです。

 

西脇充子
卵巣がんの抗がん剤治療で抜け落ちた髪が再生し始めた退院時の金髪のベリーショート姿

── たしかに、インパクトの強いビジュアルのおふたりが登場して驚かれたでしょうね。西脇さんの魁皇関の第一印象はいかがでしたか?

 

西脇さん:「大きい人だなぁ」です。年下ですし、前歯がすきっぱで、笑うとすごくかわいい人だなとも思いました。私はそもそも相撲にうとくて力士としての彼を知らなかったので、その日はずっと名前を勘違いして、「カイヨウ」さんって呼んでいて。そうしたら「すみません。僕は魁皇(かいおう)なんです」って(笑)。

 

── そこからどのように交際へと発展したのでしょうか?

 

西脇さん:お会いした翌日にお礼の電話をして以来、よく電話で話すようになり、会うことが増えました。「これから巡業で地方に1か月ほど行くんです」と言われたときに、「ちょっと寂しいな」って思って。意識し始めたのはそのときですね。お付き合いするときに彼から言われたのが「僕は稽古もあるし巡業もあるし忙しいから、すべて僕に合わせてください。絶対に責任を取るので」という言葉でした。いっけん、自分勝手に聞こえますけど、私にはすごく誠実だなと思えて。

 

それで私も腹を括って、当時住んでいた麻布十番から彼の相撲部屋がある錦糸町に引っ越して、生活をすべて合わせることに。彼も周囲には内緒にしていて、当時の親方からも「あいつはいつもどこに行ってるんだ?女でもできたのか?」と、言っていたそうです。

 

── しかし、隠れた交際は新聞報道で発覚してしまったそうですね。親方や部屋のみなさんも驚かれたのではないかと思いますが、そのときはすでに結婚も決めていたのですか?

 

西脇さん:ちょうど出会って1年経った日に新聞の一面に「魁皇結婚」とドーンと出てしまって。記事が出る前日に「明日記事が出ます」と連絡があり、あわてて親方のところにふたりで報告に行きました。親方とは私はそれが初対面。

 

魁皇が親方に「お前、結婚すんのか?」と聞かれて、震えながら「はい」と答えるのを聞いて、内心「えーっ?私、結婚するんだ!」って。ある意味それがプロポーズに(笑)。そんなこんなで突然、世間に交際が公となり、結婚のあと押しをされるような形でした。