妬ましい、羨ましい、そしてしんどい…

瀬戸山陽子
現在は東京医科大学の教育IRセンター准教授として勤務している

── 世界が一気に変わってしまったんですね。

 

瀬戸山さん:当時、看護大学に入って医療の世界に片足を突っ込んでいたこともあり、手術のリスクは知識としては知っていましたが、非常にショックでした。入院中に学校の先生や友達がお見舞いに来てくれても、見かけが大きく変わっているので人に会う気は起きず、母に頼んで帰ってもらっていました。

 

その後、杖を使ってひとりで歩けるようになって、入院から3か月で退院しました。しかし、顔面神経麻痺の症状は回復したわけではありません。街に出れば、知らない子どもが私の顔をジッと見て「変な顔」と言ったり、何か言いたそうな子どもを保護者が察して引き離したり。普通に笑っている人を見ても、自分はもう2度と以前のように笑えないと思ったし、妬ましい。羨ましい。しんどい。いろいろな感情が湧き起こりました。麻痺を隠すためにマスクをしたこともありますが、自分を隠さなきゃいけないものだと意識してしまって、自分がつらくなるだけでした。

大学に復学も卒業後は看護の道を諦めて

── 想像を絶するものがありますが、大学復帰でも高い壁があったそうですね。

 

瀬戸山さん:療養期間もあったので、2つ下の学年に復学することを考えましたが、そもそもこの身体機能で看護師になれるのかなと。

 

私も当時すごく看護師になりたいというより、大学を辞めて自分の居場所がなくなる恐怖が強く、「復学したい」と伝えました。

 

── ちょうど「看護実習」が始まる寸前だったとか。

 

瀬戸山さん:そうなんです。看護実習は慢性期や急性期など、いくつかの科を2、3週間かけて回り、実際に患者さんの介助やケアもするんですよね。私は実習で必要な手技が一人でできない状態だったので、看護師の資格を持った介助者の方についてもらうことになりました。

 

私ができないこと、たとえば患者さんを車椅子からベッドに移乗するとか、ベッドサイドで体を起こすとか主に体を使うことは、その方にやっていただきました。20年以上前のことですが、かなり融通を効かせてもらいながら、無事に実習が終わりました。

 

── 周囲のサポートもあり、懸念だった看護実習が終了。その後は看護師になるため、国家試験の勉強に励んだのでしょうか?

 

瀬戸山さん:いえ。現実的に臨床の看護師になることは難しいと思っていました。かといって将来の方向性は何も決まっていなくて。周りが国家試験に向けて頑張る中、私は逃げるように大学院に進学をしました。

 

大学院に進学する前ですが、大学在学中に所属大学の研究で「子どもに体のことを教えよう」というプロジェクトがはじまり、手伝わないかと教員に声をかけてもらったんです。5、6歳児の子どもに絵本を読み聞かせながら、脳や神経、骨や筋肉など体について教えていると聞き、やってみようかなって。