「大きな目標を叶えるための裏技はないんですよね」。映画『THE FIRST SLAM DUNK』の宮城リョータ役などで知られる仲村宗悟さんがデビューを飾ったのは、実は26歳のとき。幼少期は引っ込み思案だった仲村さんが長い下積み時代を経て夢を掴む、頑張るきっかけのひとつが、中学校時代の卒アルに書かれたある言葉で── 。

「好きな子からの卒アルメッセージ」が転機

── 声優、シンガーソングライターとして活躍する仲村さんですが、人前に出る機会が多い現在とは違って、幼少期は引っ込み思案だったそうですね。

 

仲村さん:小さい頃は人見知りで、病弱でしたし、友達もぜんぜんいませんでした。スポーツもできないし、小学生の頃は人前に出るようなタイプではありませんでした。

 

仲村宗悟さん
「ほっぺハート」ファンサービスを欠かさない仲村宗悟さん

── 何か変わるきっかけがあったんですか。

 

仲村さん:小学校の卒業アルバムの最後のページにみんなからメッセージを書いてもらったんですが、好きな子にも勇気を出して頼んだら、「宗悟は、ひょろひょろ、ナヨナヨしてるから中学ではがんばれ」ってメッセージが書いてあって。

 

── 好きな子からのメッセージとしては、少しつらいものがあるように思いますが。

 

仲村さん:でも、変わったのはそこからですね。中学からはハンドボール部に入って体力もつけて、友達もたくさん作って。ギターにものめり込み、高校ではバンドを組んでミュージシャンを目指すようになりました。がんばるきっかけをくれたのは、その子のおかげです。

「決まっていないのはお前だけだぞ」

── いつ頃からデビューを夢見ていたんですか。

 

仲村さん:高校3年生の、進路を決めるタイミングで先生から「決まってないのはお前だけだぞ」と言われたくらい、ギリギリで進路を決めました。ずっと音楽は好きで、すでに自分で曲も書いていましたが、それまで進路と結びついていなかったんです。将来について改めて考え、何をしているときが面白いか考えたときに音楽しか残りませんでした。でも、今まで何も決めていなかったのに急に「ミュージシャンになるために東京に行く」と言い出したので最初は「絶対に無理だ」と先生からも親からも止められました。

 

── どうやって説得したのでしょう。

 

仲村さん:反対されるのは心配しているからなんですよね。なんとかわかってもらえるよう説得を続けたのですが、頭ごなしにダメだと言われないよう、具体的に説明するようにしました。

 

特に親は生活の心配をしていたので、男子寮があって食事を出してもらえるとか、アルバイトをしてお金の面も工面するという話もしました。「もうここまで言うなら、気持ちが変わることはないね」という感じで最終的に納得してもらえました。