パニック症で向き合い直した母の存在

── 産前産後は実家にお世話になる方も多いですよね。

 

村西さん:普通はそうですよね。でも私、母親と折り合いが悪くて頼ることができなかったんです。幼い頃から母に甘えたり手をつないだり抱きしめられたりした記憶がなくて、どちらかというと毒親の部類に入ると思います。自己愛が強く、娘のことは否定しかせず絶対に褒めない、認めない。不機嫌な態度で子どもをコントロールしようとするタイプです。

 

母も元アナウンサーで同じ職業を選んでいるから、もちろん尊敬して影響を受けている部分もあるのですが、私がニュースを読んでもダメ出ししかしてこないので、LINEをブロックしたり。とはいえ、育児放棄をされたわけでもないですし、大学まで出してもらっているから、もちろん感謝はしています。でも自分が子どもを産んでから余計に、母の言動を思い返して「自分の子にあんなこと言わなくていいよね?」ということがたくさんあり、いまは反面教師にして自分の子は褒めて抱きしめて「大好きだよ」と言って育てています。

 

── ご実家を頼れない理由があったのですね…。

 

村西さん:母とは子どもの頃、ものすごく激しいケンカになり、それが唯一の愛情表現になっていたところが歪んでいたなと思います。私、いまの夫と結婚する前に2回結婚と離婚を経験しているんですけど、自己肯定感が低いところや相手に甘えられないところがパートナーシップにも影響していていると感じます。育ってきた環境に気がついたところで、いざそんな自分を変えようと思っても、この歳になるとそれがとても難しいことだとも実感します。

 

いま、大学でアサーティブ・コミュニケーション(攻撃的でも受動的でもなく、お互いを尊重しながら意見を交わすコミュニケーション方法)を教えているのですが、過去に結婚生活がうまくいかなかったこと、パニック症を発症したこと、親との向き合い方を見つめ直すことからまず自分が学ぼうと思ったことがスタートでした。自分の母との事例を赤裸々に伝えながら授業をしているので、学生たちには驚かれます。授業を受ける学生の中には私と同じように親に甘えられない人や、機能不全家族で育った人、パニック症など自身の精神的な病気と向き合っている人もいて、まさにそういう人たちに私の経験が届けばいいなと思って教壇に立っています。

 

村西利恵
京都光華大学での授業風景。みんなで笑ったり泣いたりする場面もたくさんあるそう

── 1年半前に仕事に復帰され、いまは落ち着いていらっしゃるのですね。

 

村西さん:はい。今は症状が安定しているので、かかりつけ医や産業医にも相談しながら、うまくコントロールして育児や仕事を楽しめていると思います。また長女は卒乳も早くあまりベッタリくっつきたがるタイプではなかったですが、次女は2歳まで母乳を欲しがったり、出なくなった今も寝るときに「おっぱいしていい?」と聞いて甘えてきます。女の子2人を育てる中で彼女たちそれぞれ性格が違い、不安に思うことも違うと思いますが、私がいろいろな経験をしているぶん、どんなときも「大丈夫やで〜」と言ってあげられる肝っ玉母ちゃんになりたいなと思っています。

 

パニック症の過去を公表してから、「実は私も…」といった精神的、ストレス性の病気について相談されることが増えました。先日は特別支援学校の病院内にある分校でも出張授業を行いました。「精神的な病気があっても、コントロールしながらアナウンサーの仕事を続けているよ」と伝えると、こころの病気を抱えている生徒たちがとても関心を持って聞いてくれました。こうした取材を通して自分の経験を発信していき、それが誰かの役に立てばいいなと思っています。

 

取材・文:富田夏子 写真:村西利恵