「どうしよう。動けない」。いつも通りの通勤途中に、関西テレビで長年キャスターを務めた村西利恵さんを突如襲った不安感。正体は、パニック症でした。生放送を担当して9年目のベテランでも「恐怖で放送から逃げたくなった」という村西さんを救ったのは、ハイヒール・モモコさんがかけた言葉だったそうです。
通勤途中に突然…「怖くて足が動かない」
── 25歳から12年間、夕方のニュース番組を生放送で担当される中、34歳でパニック症を発症されたことを公表していらっしゃいます。どのような症状があってパニック症だと気がついたのでしょうか?
村西さん:ある日突然、会社に行けなくなってしまいました。いつも通り、朝に家を出て、駅に向かうための暗い地下通路へと続く階段をおりたところで、急に恐怖心を感じて、動けなくなってしまったんです。体調は別に悪くなかったし、何の前触れもありませんでした。どうにかホームへ向かって電車に乗ろうとしても、怖くて足が動かない。とにかくその場で「遅刻します」と会社に連絡をして、いったん落ち着こうと帰宅しました。

家に着いてからもパニックで、「会社に行けない」「生放送の出番があるのに、どうしたらいいの」と焦って、信頼している先輩アナの藤本景子さんに「景ちゃん、どうしよう。動けない。怖くて電車乗れない」と相談したんです。藤本さんは当時、産休中で「それはすぐに病院へ行ったほうがいい」と、業界の方も通うクリニックに電話をしてくれて「連絡しておいたから、ここの病院にタクシーで行くといいよ」とテキパキ指示してくれました。
その病院は耳鼻科だったのですが、めまいや耳鳴りからパニック症がわかることも多いらしく、メニエール病や突発性難聴などストレス性の病気にも詳しいところでした。そこで「パニック症状だね」と言われ、抗不安薬を出してもらいました。薬を飲んだところ少し気持ちが落ち着いて生放送には間に合い、その日もいつも通りにニュースを読みました。視聴者の方からすれば、普段と変わらず出演しているように見えたと思います。しかし内心は「危険が迫っていない状況にも関わらず、恐怖で絶望してしまう自分」に戸惑い、一体なぜ急にこんな病気になってしまったのだろうと、葛藤する日々が始まりました。
同時に今になってしみじみ思うのは、最初にパニックを発症したあの日、誰にも相談できないままだったら、パニック症とわからず恐怖を繰り返し、しばらく会社に行けていなかった可能性もあったということ。藤本さんはたまたま同じ症状の方が身近にいた経験から、私へのアドバイスが的確で、すぐに病院へ行って薬をもらえたのが本当に幸運でした。
── パニック症にはホルモンバランスの変動も影響があり、女性患者は男性の2~3倍多いと言われています。
村西さん:30代半ば、その影響もあったかもしれません。ただ、子どもの頃から閉所恐怖症ではありました。大人になってからも狭いところや暗いところが苦手で、エジプトに行ったときにピラミッドの通路が人とすれ違えないくらい狭過ぎて息苦しくなったことや、趣味のダイビング中に「このマウスピースを外したら息ができなくなる」と思ったら怖くなって、それ以降ダイビングができなくなったこともありました。パニック症を発症してからは、美容院や歯医者など、施術や治療が終わるまでは動けないという状況も恐怖を感じることもありました。
