「私、におってないかな?」。不安から人と会うのが怖くなり、学校や仕事に行けなくなる人も。におい悩みカフェ「ゆあのあ」には、そんな悩みを抱えた人が集まります。店長の中道亜希子さん(愛称いろはさん)によると、実際にはほぼにおいがしない人が多数だとか。人が「におい」に追い詰められる背景には、無臭を求める現代社会の価値観があるのかもしれません。

においが気になり会社を辞めるケースまである

2023年、東京都東久留米市に、におい悩みカフェ「ゆあのあ」をオープンした中道亜希子さん。ふだんはふつうのカフェですが、月に3回ほど体臭に悩む当事者が集まり、相談ができる場所です。中道さんは累計で約270人のにおいにまつわる悩みを聞き、実際に当事者の体臭を嗅いできました。

 

自分のにおいを気にしている人の多くは、実際にはそれほどでもない場合が多いそう。とはいえ、においの原因となる症状があったり、体質であったりする人もいます。たとえばワキガ、口臭、IBS(慢性的に腹痛や便秘、下痢を引き起こす病気)、PATM(パトム、自分の皮膚ガスによって周囲に咳やくしゃみなどアレルギー反応を引き起こす病気)などは、におい悩みの原因になりやすいものです。

 

これらは直接、命に関わるわけではありません。けれど、「他人からくさいと思われるのではないか?」という恐れから、対人恐怖症や自己嫌悪を引き起こすことも。日常生活を過ごすことさえ難しい人たちを見てきたり、自分も経験してきたりした中道さんは、においの悩みは生き死にに関わるくらい深刻だと訴えます。

 

「当事者の多くが、引きこもりや不登校を経験しています。周囲の人が鼻をすすったり、手で抑えていたりするだけで、自分がくさいと思われているように感じるのです。自分の存在が人に迷惑をかけているさえ思いながら生活しているんです。悩みのない人からすると、『そんなことで?大げさな』と驚くかもしれませんが、当事者からすると、毎日生きるのもつらくて人生を終わらせたくなるほどです」

 

においの問題は、キャリアの形成にも大きな影響を及ぼします。体臭が気になり、仕事に集中できなかったり、人と接するのが怖くて仕事が続かず転々としたりするケースもあるそうです。

 

「体臭が少しでも気にならない仕事だからと、トイレの清掃業についた20代女性もいました。オフィスワークは、部屋中に自分のにおいが充満して、周りに迷惑をかけているような気がして続けるのが難しくなってしまう。通勤するにしても、バスや電車の公共機関などの密室空間は、におい悩みの人にとっては大きなストレスです。

 

それが原因でパニック症状を発症してしまう人も。移動するのさえ怖い、人と接するのもムリとなると、学校や仕事はもちろん、生活にも支障をきたします。行動範囲や選択肢が狭まり、自分の可能性さえ閉ざしてしまいます。でも、実際ににおうことはほとんどありません。においを気にする当事者の多くは、時間もお金もかけて、人一倍清潔を保ちケアをしているからです」

 

カフェゆあのあ
東京都東久留米市にある「カフェゆあのあ」

能力や夢があるはずなのに、においに対するコンプレックスで人生の多くをあきらめてしまう…。その理不尽さを語る中道さんの目に涙が光りました。その様子はまるで、みずからの苦しみを打ち明けているかのようでもあります。それもそのはず、自身もワキガで悩み続けた当事者だからです。中道さんは30年以上も、周囲が「何かにおわない?」と、話しているのを耳にするだけで自分のことを言われている気がして、身がすくんでいました。

 

「においの悩みは病院に行っても解決されない場合がほとんどです。ワキガなどの手術を受けても、『自分はくさい』という思いはぬぐい去れません。心療内科に行き、医師から『くさくない』と言われても、本人はその言葉を信じきれないのです。医師の話に耳をかさず思いつめる様子から、統合失調症と診断される人も少なくありません」

 

自分のにおいを気にする人は、人と接するときも口数が少なかったり身体をのけぞらせて距離をとったりすることも。すると、周囲からは「感じが悪い人」「挙動不審」と敬遠される場合もあります。けれど、本人は自分の態度が原因とはまったく考えず、「においのせいで嫌われている」と、思い込む悪循環に…。自分が存在しているだけで周りに迷惑をかけていると思い、自己肯定感も低下させます。