すれ違いざまに鼻を手でおおわれた、誰かがクスクス笑っている──。他人のしぐさから「自分がくさいからだ」と思い詰め、孤独な暗闇に陥ってしまう人がいます。周囲がどれだけ「くさくないよ」と言っても信じられない…。そんなデリケートな体臭の悩みを相談できる場所があります。自身も30年以上ワキガに悩んできた中道亜希子さん(51)が、におい悩みカフェ「ゆあのあ」に込めた、切実な救いの物語を伺いました。

体臭を気にする人ほどにおわないのに

クンクンクンと鼻を寄せては、「大丈夫、くさくないですよ」と声をかけると、「本当ですか、よかった」と、安堵の声が漏れます。カフェの店長・中道亜希子さんは、お客さんのワキや、口、頭を嗅いで回る様子が板につきます。ここカフェ「ゆあのあ」は、ふだんはいたってふつうのカフェ。しかし、月に3回ほど、「におい悩みカフェ」にさま変わりするようです。自分の体臭など気になる悩みを持つ人を対象に、ふだん話しにくいにおいの話を打ち明けられる場を提供しています。

 

「じつはにおい悩みカフェを訪れる人のなかに、実際に他人に迷惑をかけるような悪臭を放っている人はほとんどいません。みんな、ケアに時間もお金もかけて、とても気をつかっているからです。実際ににおいがする場合も、隣に座っていてもわからない、ごく至近距離でやっとわかる程度。ところが、本人は部屋中に自分のにおいが充満している、周囲に迷惑をかけていると思って生きてしまっている人が多いんです」

 

においの話題を出すのは恥ずかしいと思う人が多く、ひとりで抱えている場合がほとんどです。けれど「ゆあのあ」に集まった人たちは、自然と悩みの話やこれまでのつらい経験を話すこともあるそうです。なぜ中道さんは、こうしたにおいの悩みを相談できる場を作ったのでしょうか。

 

「私自身もにおいに悩む当事者だったからです。体臭で30年以上苦しんで生きてきました。だから、同じように悩みを抱える人の支えになりたいんです」

ワキガ手術をしても消えなかったにおいの悩み

中道さんが自分のワキのにおいを自覚するようになったのは、中学2年生のときでした。「におうのではないか」と、つねに不安がつきまとっていたと言います。

 

「少し離れた場所にいる人が軽く鼻を抑えていたり、誰かが友達と目を見かわしてクスクス笑っていたりするのを目にするだけで、『私がくさいからだ』と思い込むように」

 

ワキのコンプレックスについて、高校時代に思いきって病院で診察を受けた中道さん。診断結果は「ほとんどにおいがしない程度の軽いワキガ」だったそうです。それでも、においへの不安が消えず、親に頼み込んで手術を受けたところ、自分ではにおいが気になることはなくなったそう。ところが、かえって「人生が終わった」と、中道さんは絶望の気分に陥ることになります。

 

中道亜希子
高校時代はワキのにおいのせいで自信がなく、いつも目立たないようにしていた(前列左端が中道さん)

「手術さえ受ければにおいの悩みから解放されて世界がガラッと変わる、幸せになれる、と信じていました。でも、無臭になったはずなのに、目の前の人が鼻を手で押さえたり、咳ばらいをしたり、以前の光景とは変わりません。今考えれば、その人たちは偶然、鼻に手をあてたりしただけだったんでしょう。それでも、当時の私は、『自分はくさいままなんだ』という絶望感を覚えたのです。手術以上にできることは見つからず、死ぬことも考えました。でも、その勇気もありませんでした」

 

バスの一番後ろの席に座った際、運転手が鼻を手で押さえていると、「バス中に私のにおいが充満している」とさえ考えるようになった中道さん。人とのコミュニケーションを避けたり行動も狭まったりするように。

 

「時間もお金もすべてにおいのケアに費やしていました。1日に何回もシャワーを浴び、外出先でもトイレでワキを洗ったり、拭いたり。こまめに着替えもして、市販のデオドラント剤はすべて試したと思います。においに効くと言われるレモン汁やリンゴをすりおろしたものを体につけることもありました。(危険なことなので絶対にマネしないでほしいのですが)、当時『どんなにおいも消える』と言われていた空間用消臭剤を水で薄めてこすりつけたことも。それはさすがに指がしびれてやめましたが…」

 

思いきって両親や友人に悩みを打ち明け、においを確かめてもらったこともありました。けれど、それは逆効果でした。「くさくない」と言われたにも関わらず、その答えに中道さんはショックを受けたのです。恥ずかしさに耐えて勇気を出して聞いたのに、「気を遣われた」「ウソをつかれた」と思ってしまったのが原因でした。そんななかで中道さんが救われたのは、意外な相手からの言葉でした。