「病院では風邪だと言われたものの、母は異変を感じていたんです」。1歳2か月で希少がん「ユーイング肉腫」を発症した愛迷みんみんさん。病気の発覚は懸命な母のおかげでした。5歳までに再再発も経験し、一時は「治療法がない」とまで言われたものの、「どうして自分だけ」と悲観しなかったのは、笑顔を絶やさないでくれた母の存在があったからだそうです。

「がんになってガーン」ギャグで知った自分の病

1歳2か月の愛迷さんとお母さん。入院したばかりのころ
1歳2か月の愛迷さんとお母さん。入院したばかりのころ

── モデルとして活躍している愛迷さんですが、幼少期にがんを発症し、長い年月を病院で過ごしたそうですね。ご自身ががんだったと知ったのは、小学3年生のときだったとか。

 

愛迷さん:はい。きっかけは、軽い気持ちで言ったギャグでした。母の前で何の気なしに「がんになった、ガーン」と言った途端、母が「そんなことを冗談で言ってはだめ」と怒り出して泣き始めたんです。そのときに「あなたは小さかったころ、がんで入院していたのよ」と教えてもらいました。

 

── それまでご自身ががんだったことは知らなかったんですね。お母さんの話を聞いて、どんな気持ちになりましたか?

 

愛迷さん:妙な納得感がありました。白い壁と天井に囲まれた部屋、自分の腕をつなぐ細い管、それから銀のお皿が私の記憶には残っていて…。だから、母から「がんだった」と聞いて、それらが病室や点滴、吐き気を催したときに使う容器だったと理解できたんです。

 

小学生になってからも、月に一度は通院して血液の数値に問題がないか検査をしていたので、「そういうことだったんだ」って。点と点が線になったような感覚でした。

 

── 1歳で発症して寛解するも、その後2度再発したそうですね。

 

愛迷さん:はい。3歳と5歳のときに再発しました。私が発症したユーイング肉腫は、骨や軟部組織に発生する進行性の悪性腫瘍。発症時も再発時も深刻な状態だったらしく、5歳のときには「治療法がもうない」と言われたそうです。でも、体全体に抗がん剤を行き渡らせる治療が幸いしたのか、奇跡的に寛解したと母に聞かされました。

 

── 何度も入退院を繰り返し、つらい日々だったのではないでしょうか。

 

愛迷さん:そのころの私は、「病院にいるのが当たり前」のような生活だったので、「みんな、私と同じように入院したりしているんだ」と思っていたんです。だから入院中も、落ち込んだりすることはありませんでした。抗がん剤による吐き気や気分の悪さには苦労した記憶が残っていますが、「どうして私ばっかり」というような悲しさや悔しさは感じたことはありません。

 

それに、治療に寄り添ってくれる母が、いつも明るく振る舞っていてくれたからこそ、私も前を向いていられたのかもしれません。