沿道の花を見て飯舘村への移住を決意
── 現在、福島県相馬郡飯舘村にお住まいだそうですね。東日本大震災後の原発事故による放射線の影響で、一時は村全域が避難区域に指定され、段階的に解除されていっています。飯舘村に住もうと思ったきっかけはなんでしたか。
峯岸さん:実際に福島に住んでいないと説得力がないと思ったんです。住む場所を探すために何回か沿岸部の浜通りを回ってみたのですが、県道を走って飯舘村に差しかかったときに見た光景が美しいと感じたことがいちばんの理由です。沿道にたくさんきれいなお花が植えられていたのを見て、「ここを通る方へのおもてなしをする心の余裕がある村なんだ」と思いました。この美しい景色に惚れて、この場所に住み、この場所で起業しようと決めました。
── 2022年に移住後、飯舘村で(株)サクラ・シスターズを設立されました。どのような事業を行っているのですか。
峯岸さん:台湾と福島を繋ぐイベントをはじめとした交流事業をしています。これまでの経験を活かして、台湾に向けた情報発信や交流を通して復興につながる活動ができたらと思っています。福島空港から台湾への直行便が再開されたこともあり、より皆さんに身近に感じていただけるかと思います。
「福島もも娘from Taiwan」というアイドルユニットのプロデュースもしています。行政や企業と一緒に福島県産品のPRを行い、台湾では福島を、福島では台湾をPRして相互交流に繋げていく事業の一環なのですが、4月からは福島県からの予算もついて、公式の観光交流大使になることが決定しています。

── なぜアイドルのプロデュースをしようと思ったのですか。
峯岸さん:私がもともと目指していたこともあってアドバイスができると思いましたし、東日本大震災の記憶がそこまで鮮明ではない世代なのですが、だからこそ震災後の福島を先入観なく見られる存在だと思っています。台湾ではまだまだ原発事故による放射線の影響を心配する声が根強いなかで、エネルギッシュな世代が現地から魅力を発信することで、次世代の交流や信頼関係を築いていけたらと思っています。
── 移住後の生活ぶりはいかがですか。
峯岸さん:こちらに来て2年4か月ほど経ちますが、皆さんとの距離が近いのがいいですね。近所の方からお野菜や果物をいただくことも多く、お礼に台湾のパイナップルケーキを持って行くこともあります。もともと過疎が進んでいる地域で、避難された方が戻らないなどの問題はありますが、私個人としては住民の皆さんと気持ちのいい人間関係を送れていると思っています。村唯一のセブンイレブンが近くにあるのですが、夜の8時で閉まってしまうので、隣町に買い物にも行きます。音楽を聞きながらのドライブは、気晴らしになってとても好きです。
── 村は高齢者率が約6割を占めると伺っています。
峯岸さん:たしかにご高齢の方が多いのですが、村でイベントをすると年配の方もみなさんわくわくした目をして参加してくださいます。「何かあったら手伝うから言ってね」と直接、声をかけてもらう機会が多いです。村の方だけではなく近隣自治体への移住組で、20代〜30代の方と一緒に情報共有をしたり、連携できるところを話し合ったりする横の繋がりもできました。
── 農業にも取り組まれているそうですね。
峯岸さん:これまで畑仕事はしたことがなかったのですが、農業学校で教鞭をとっていた先生にご指導いただき、オクラやジャガイモなどを育てました。ところが実った野菜がほぼ猿に食べられてしまって。イノシシに畑を荒らされたこともありました。農業は奥が深く、自然との戦いでもありますし、まだまだ勉強中です。

東京の会社と提携し、飯舘村産の花崗岩に含まれる液体化して抽出して、畑の土壌の栄養剤にする実証実験を東京大学の農学部と連携して行っています。住民の方と話をしていた際に、かつて花崗岩の採掘は村の一大産業だったと伺いました。地元の石材店の協力もいただいて事業を進めていますが、かつてのような活気を取り戻せたらいいなと思っています。今年は、農泊という形で農業体験なども予定したいと思っていますし、いずれは県内の子ども食堂に農作物を提供したいです。
── 活動を通してどんなことを伝えたいですか。
峯岸さん:こちらに移住して起業した目的は、福島を元気にすることです。地方再生もそうですが、この場所から「福島が元気だよ」と伝えることで、日本各地や世界で起こりうる災害などから立ち上がるためのひとつの復興成功モデルとして応用できるようになったらいいなと思っています。
PROFILE 峯岸ちひろさん
みねぎし・ちひろ。神奈川県横浜市出身、早稲田大学文化構想学部文化構想学科卒。2017年より約5年間台湾に在住し芸能・インフルエンサー活動をしながら、飲食店経営や日本語学習などにも携わる。2022年10月、単身飯舘村に移住し福島と台湾の交流事業などを行う株式会社サクラ・シスターズを設立。現在は、株式会社サクラ・シスターズ代表取締役兼福島農産物輸出女子会代表を務め、福島県より「あったかふくしま観光交流大使」に任命。
取材・文/内橋明日香 写真提供/峯岸ちひろ