今までしてくれてきたことの貯金がある
── 旦那さんにとっては、家を出ることが心苦しかったんですね。
中村さん:私は全然なんとも思っていなかったんですけどね(笑)。「あなたがホストにハマっていたときは、家にも全然帰ってこないし、さみしくて悔しかったし、何やってんのよって思ってた。でも、今度は自分に彼氏ができたからって家を飛び出して、あなたに同じ思いをさせてごめんなさい」ってメールが来たんです。それで、びっくりしちゃって。だって、私は全然気にしていなかったから。「全然いいよ」って返事をしました。
その後、私は夫に「私だって、恋愛したらそうなっちゃうし。好きな人と一緒に暮らしたくなる気持ちはわかるから、怒ってもいないしショックも受けてない。家の外で恋愛するのは自由って最初から約束してたでしょ」って送ったみたいです。私は全然覚えていないので、後から夫が教えてくれました。夫にとってはそれが、2人の信頼関係に繋がる大きな出来事だったみたいです。
── その後、旦那さんとはどうなったんですか?
中村さん:結局、夫は彼氏と別れて、また私と一緒に暮らすことになりました。その後、私がスティッフパーソン症候群のような症状になり、体が不自由になってしまったんです。それで仕事も減って、収入も大幅に減ってしまいました。私は稼ぎもないし、体も不自由で、夫に介助してもらわないといけない状況になりました。それで、夫に「私はあなたにとってお荷物で、こんな役立たずを妻にしていても、あなたにとって何もいいことはないと思うの。だから、自由にしていいよ」って言ったんです。
── 介助をされる側の「迷惑をかけている」という苦しみもありますよね。
中村さん:そしたら夫が、「あなたには、ちゃんと返さなきゃいけないものがあるから」って言うんです。「何を返すの?」って聞いたら、「あなたは私に対していろいろやってくれた。あなたはたいしたことじゃないと思っているかもしれないけど、私にとってはすごく大きな恩なの。あなたが私にずっとしてきてくれたことの貯金がまだまだたくさんあって、それを私は返していかないといけないの」って。
── 中村さんが気づいていなかっただけで、旦那さんが受け取っていたものもたくさんあったんですね。
中村さん:私はまったく覚えていないんですけどね。でも、「今までしてもらったことを返していこうと思う」って言われたときに、そういう絆みたいなものを知らないうちに築いていたんだなと思いましたね。「絆」とか「家族」って聞くと、寝食をともにしたり、家族としての時間を一緒に過ごして積み上げていくものってイメージがありますけど。うちは食事も別々に食べるし、お互いの生活に干渉しない関係なんです。それでも夫婦としてあり続けて、2人としての人生の時間を過ごす中で、私たちなりの夫婦の形ができていたと思っています。
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現在は自分たちなりの夫婦の形を築けたと語る中村さん。作家としては女性であることをテーマにした著書を数多く執筆し、自身も美容整形で胸にシリコンを入れるなど、女性としての欲求を追求しているイメージがありました。しかし、難病の疑いで車椅子生活となり、オムツを履く生活になったことで、「病気を口実にいまは女を降りられた、ちょっと安心している」と明かしました。
PROFILE 中村うさぎさん
なかむら・うさぎ。作家・エッセイスト。著書『ショッピングの女王』『女という病』『私という病』など。2019年に、スティッフパーソン症候群の疑いで入院。現在は、YouTubeやSNSで、日々の出来事を発信。
取材・文/大夏えい 写真提供/中村うさぎ