子には子の、母には母の人生がある

──「私なりに33年間一生懸命生きてきたのに、どうしてお母さんになったらそれじゃダメだと思ってしまったんだろう」というセリフもありました。

 

真船さん:それまでの人生がどれだけ楽しくても、女性って出産すると「これからは違う人生を歩むんだよ」って言われるタイミングだと思うんです。私も子どもができたときにいろんな人から「これからはまっとうに生きるんだよ」と、極悪犯の刑期明けのように言われました(笑)。私はお酒が大好きなんですが「子どもが小学校を卒業するまで、12年間は飲みに行くのは難しいと思ったほうがいいよ」って言われたり。

 

子どもには子どもの人生がある。でも、私の人生はどうなっちゃうの?っていうのが今作のテーマなんです。作中ではモチーフとして聖母像の絵が出てきます。出産したとたんに「聖母」になって額縁に押し込められ、「いいお母さんになってください」と言われる。それぞれ違う人生を歩んでいたのに、みんなを同じ額縁に押し込めないで、という思いで描きました。

 

『正しいお母さんってなんですか!?』より
『正しいお母さんってなんですか!?』より

── 真船さんが入院したとき、息子さんが実母や夫のもとで元気に生活しているのを見て「息子は周りから愛されて楽しく育っているんだ」と感じたそうですね。

 

真船さん:息子も初めて私と離れるので、最初はそれなりにストレスがあったみたいなんですけど、今は母やシッターさんなど、いろんな人に慣れて楽しそうにしています。
たまにSNSで「子どもにとってはお母さんと一緒にいたほうが…」といった投稿を目にしますが、私自身は一概にお母さんと一緒にいることだけが善だとは思っていなくて。最近シッターさんが息子に「あっくんは人を笑顔にする力があるね。先生はあっくん大好きだよ〜」と声をかけてくださったのを聞いて、うちの子は私だけじゃなく、いろんな頼れる大人に愛されて育っていて、これも一種の幸せの形なのかなと。いろんな人の愛情のなかでまっすぐ育っていると思っています。

 

── 息子さんを信頼しているんですね。

 

真船さん:もちろん、そういう投稿を見るたびに罪悪感を覚える自分もいるんですけど。ただ、子どもは子どもなりに、母親がいない場面でも人生を楽しんでくれていると信じています。

 

それに、いつも家にいるけど好きなことができず心に余裕がないお母さんと、限られた時間しか一緒にいられなくても「今日も楽しくお仕事できたよ」といつも機嫌がいいお母さんなら、私は後者のほうがいいと思うんです。私自身、母は専業主婦だったんですが、余裕がないときはどうしてもキリキリしてしまったり、子どもに対して過干渉だったりして。それが思春期のころは嫌だったんですよね。

 

でも母がやりたいことをやり始めるようになったら、すごく生き生きしはじめて、家の中がうまくいくようになって。もちろん専業主婦がダメってことではないのですが、家族がそれぞれ好きなことやっているのって、悪くないと思うんです。家族みんながいい状態で、大事なときは支え合う関係が理想かなと思います。

 

『正しいお母さんってなんですか!?』より
『正しいお母さんってなんですか!?』より

── いまだに子育てにおいて母親の役割の大切さが強調されることは多いように思います。

 

真船さん:そうですね。いまだに三歳児神話も根強いですし。今の30~40代で、自分の親が共働きで、シッターさんやいろんな人たちの手を借りて育ててもらったという経験がある人って、それほど多くないと思うんですよね。どちらかと言えば、母親が専業主婦の家庭で育った人が多い。その場合、「自分が親にしてもらったことを、子どもにもしてあげなきゃ」という気持ちは常にあると思います。

 

── 時代は変わっているのに、理想の母親像は社会的にも、母親自身も変わっていないのかもしれません。

 

真船さん:そうですよね。今は共働き世帯がかなり多いのに、いまだに「子どもに関しては全力でやるのが親として当然」と思われている気がします。でも昭和や平成とは、ライフスタイルが全然違う。だから、実際に今の時代に子育てを体験すれば「これは無理だ」ってわかることも多いんじゃないかなと思います。

 

PROFILE 真船佳奈さん

まふね・かな。テレビ東京局員兼漫画家。2017年、AD時代の経験談をまとめた『オンエアできない! 女ADまふねこ(23)、テレビ番組作ってます』で漫画家デビュー。平日はテレビ局員、休日は漫画家として活動。

 

取材・文/市岡ひかり 写真提供/真船佳奈