近年、「永久歯が生えない」「乳歯が抜けない」という単語が多くネット検索されています。なぜ永久歯が生えないのか、乳歯はいったいどうなるのか。日本大学歯学部教授で小児歯科医師の菊入崇先生に伺いました。(全2回中の1回)

気づかないまま「生え変わらない」ケースは多い

──「永久歯が生えない子」が増えていると聞きます。実際、どのくらいいるのでしょうか?

 

菊入先生:10人に1人の子どもに、生えるべき永久歯がないという調査結果があります。2010年に日本小児歯科学会が「歯科医院に来院した7歳以上の子ども1万5544人のうち、永久歯がない子が1568人(10.1%)いた」と報告しているんです。

 

成人の永久歯は、上下の親知らずを除くと28本ありますが、なんらかの理由で永久歯が生えない場合があるのです。これを「先天性欠如(せんてんせいけつじょ)」といいます。私は小児歯科医師になって約30年ですが、実は1本や2本の永久歯が欠如している症例は珍しくない、という印象です。

 

永久歯が欠損したレントゲン写真
9歳女児。下あごの左右の第二小臼歯2本(*印)が欠如している(写真提供/菊入 崇)

── 永久歯がない子は、以前に比べて増えているのですか?

 

菊入先生:私は永久歯が6本以上欠如しているお子さんをよく診ていますが、そういう症例が増えているとは感じません。ただ、1~2本の欠如ならば、実際には「10人に1人」の割合より、もっと多い可能性もありえます。というのは、本人も周りも、永久歯が欠如していることに気づかないケースがあります。たとえば虫歯の治療で歯科を受診したら、先天性欠如もわかったという方はけっこういます。

 

それに、生え変わる永久歯の数はあご全体のレントゲンを撮らないとわかりませんが、歯科医院に来るお子さん全員が必ずレントゲンを撮るわけではありません。乳幼児さんだと、レントゲン室に入るのを嫌がる場合もあります。ですから、「ご本人も親御さんも気づいていないけれど、実は永久歯が欠如している。でも、虫歯がないので歯科医院に行く機会がないから発見できない」というお子さんは、意外に多いかもしれません。

「永久歯が生えにくい歯」には傾向がある

── 永久歯が生えにくいのは、どの位置の歯でしょうか。

 

菊入先生:2010年の調査では、欠如は「中央から5番目の歯(左右の第二小臼歯)」にいちばん多く、次に「中央から2番目の歯(左右の側切歯)」、そして下顎(下あご)に多く見られました。もちろん、ほかの歯や上顎(上あご)にも見られますし、なかには10本くらい欠如しているお子さんもいます。男女差は女子にやや多く、地域差は特にないと報告されています。

 

歯の説明図
永久歯の先天性欠如は「中央から5番目の歯(左右の第二小臼歯)」と「中央から2番目(左右の側切歯)」によく見られ、下あごに多い

永久歯が生えない原因は「たまたま」?

── なぜ、永久歯が生えない状態が起こるのでしょうか?

 

菊入先生:永久歯は、胎児のころに乳歯の奥で「歯の卵」が徐々につくられますが、先天性欠如は歯の卵自体がつくられなかった、という状態です。原因はいくつか考えられていますが、1~5本までの欠如ならば「たまたま」生えなかった、というのが、いちばんわかりやすいかもしれません。つまり、遺伝的原因は考えにくいということです。

 

── 遺伝ではない?

 

菊入先生:遺伝子の異常によって引き起こされる先天性欠如もあり、それを引き起こす遺伝子の異常はいくつか報告されています。ただ、その遺伝子が影響すると、6本以上が欠如することが多いです。ですから、永久歯が欠如している子を持つ親御さんの多くは「自分の遺伝のせいで、永久歯が欠如したのでは…」と心配されますが、1~5本以内の欠如ならば、遺伝的な要因は考えにくいです。あとは、白血病などの病気で放射線治療や抗がん剤治療を行ったお子さんや、小さいときにあごを折るような大きな事故に遭った場合などでは、永久歯の卵が育たない場合もありますが、割合としてはごくわずかです。

 

── では、永久歯がない子の多くは「たまたま」生えなかった、ということですね。でも、なんだか煙に巻かれた感じがします。

 

菊入先生:「たまたま」をもっと詳しくいうと、人間が生物として進化するなかで、いくつかの歯は「不要なもの」として、なくなっているのでは、という説があります。私も個人的にはそう思っています。

 

── では、「永久歯がない子がいる」というのは、ここ数年の傾向ではない?

 

菊入先生:私が調べたところ、アメリカでは1910年代、日本でも1930年代にはすでに永久歯の先天性欠如について論文報告されています。ですから「先天性欠如で永久歯が生えない子がいる」というのは、最近数十年の話ではなく、昔から世界中で見られるものだと思います。

乳歯は永久歯よりもろく、根も短い

子どもの歯

── 永久歯が生えてこないと、ずっと乳歯のままですよね。それでも、虫歯にならないように気をつけて、長持ちさせればいいのでは…という気もします。乳歯のままでいると、何かリスクはあるのでしょうか?

 

菊入先生:乳歯は「生え変わるのを前提とした歯」なので、構成組織が永久歯よりも柔らかく、もろいです。ですから、永久歯よりも虫歯になりやすいというリスクがあります。よく「乳歯が虫歯になっても、治療しなくていいや」と放置する方がいますが、これは永久歯が生えることを前提とした考え方です。もちろん、乳歯の虫歯を治療することは、永久歯が欠如している場合でなくとも、とても大切なことです。生え変わらないとしたら、乳歯を使い続けることになりますが、これがなかなか難しいです。

 

── なぜ難しいのでしょう?

 

菊入先生:乳歯の根の長さは、永久歯の半分くらいしかありません。しかも、その根はだんだん溶けて吸収されると短くなるので、年を重ねるほど根が短くなります。つまり、歯が抜けやすくなります。20歳くらいまでなら乳歯を保てる方が多いのですが、ほとんどの場合、50~60代まで保たないことが多いです。

 

── では、健康な乳歯でも、高齢者になるまでには抜け落ちてしまう…?

 

菊入先生:はい。50代以上でまだ乳歯が残っていたら、非常に珍しいといえます。先天性欠如のお子さんは、乳歯が虫歯にならないとしても、大人になったら抜けてしまう、と思っていたほうがいいでしょう。