母、岡江久美子さんが司会を務めた『はなまるマーケット』がスタートしたのは大和田美帆さんが中学生のとき。多忙を極めた生活のなかでも「疲れた」と言ったことはなかったと明かします。その理由は── 。(全5回中の2回)

中学生のときに『はなまるマーケット』が始まると

大和田美帆

── 大和田さんが中学生のときに『はなまるマーケット』がスタート。お母さんの岡江久美子さんは、毎朝お弁当作りをしてからスタジオに向かったそうですね。

 

大和田さん:母に番組の話が来たときに、家族の朝ご飯と、私のお弁当を作ってからスタジオに行きますと。それでも大丈夫な時間なら引き受けますと話をしたみたいですね。番組は8時半スタートだったと思いますが、毎朝5時に起きて朝ご飯とお弁当を作って、スタジオには7時くらいに着いていたのかな。本来もっと早く集合する番組も多いんでしょうけど、ギリギリまで家のことをやって出かけて行きました。

 

── 番組は17年半も続く長寿番組になりましたが、当初は1年程度で考えていたそうですね。

 

大和田さん:あんなに続くなんてすごいですよね。裏で事件・事故、芸能スキャンダルなどハードな内容を放送していても、『はなまる』では「わかめの戻し方」とか「今日のおめざ」「はなまるカフェ」をやっていてホッとする人も多かったんだと思います。

 

母は好奇心旺盛だったし、番組で習ったことはその日に試すような人でした。たとえば番組で豆腐を紹介したら、その日のうちに豆腐を買ってきて夕食のおかずに出てくるとか。「はなまるレシピ」というファイルを作って、気に入ったものは何度も作り続けていましたね。ほかにも食材の冷凍方法や衣服の収納など、主婦としても学べてちょうどよかったというか。おかげで、私も便乗してご飯をおいしくいただくことができました(笑)。

 

──『はなまる』の現場に大和田さんが行かれたことはありますか?

 

大和田さん:何度かありますよ。母の姿を見るたびに「すごいな!」って尊敬しかなかったです。母はいい意味で力まないタイプでしたし繕ってないんですよ。「ちょっとこれ、塩からいかも!」って作ってくださった先生の前で言っちゃうとか、「これちょっと高すぎる!」って主婦目線で話す俳優だったので、長く使っていただいたんじゃないかな。皆さんに「どんなお母さんでしたか?」と聞かれたら「『はなまる』のままです」って言うくらい普通のお母さん。どこのスーパーが安いか比べて買ったりするような人でしたね。

 

── 観ている方と距離感が近かったのでしょうか。

 

大和田さん:本当にそう思います。大和田家の特徴かもしれませんが、ほかの番組でも家族のエピソードを聞かれたとき、いわゆる芸能人らしいというか、キラキラしたエピソードがなくて困ったのですが(笑)、主婦目線の話は得意だったと思います。ほかにも、番組共演者の薬丸さんのご家族やスタッフさんとみんなでお食事に行ったり、バーベキューをしたり。薬丸さんのご家族もお子さんがたくさんいらっしゃるので、下のお子さんとも遊んだし、スタッフさんとも長いつき合いになって、いまだにスタッフの方と私でご飯に行きますよ。母にとっても大切なお仕事の一つだったと思います。