「家事全般ができるように」思わぬ夫の変化

── 大学院に行くと言ったとき、ご家族の反応はいかがでしたか。

 

伊藤さん:みんな大賛成で、応援してくれました。夫もこれまで家事は食器洗いと掃除以外はあまりしてこなかったのですが、私が論文を書く際は余裕がなくなって、年を取ったせいか家事をする気にもなれなくて。その間に夫が、家事全般をできるようになったんです。片づけに関しても進化して自分が後でわかりやすいようにきれいに整理整頓してあります。自分のクローゼットなどは見事に整理してありますよ。私たち夫婦の、老後のお互いの友好関係にとても有用です。

 

伊藤瑞子さんと長女
伊藤瑞子さんと1歳頃のMISIAさん

夫の場合はこのタイミングでしたが、若い世代の方には育児が一番、入り口としてはお勧めです。何より子育てが楽しくなりますし、育児を一緒にすることで家事の共有にもつながります。母親も何もわからないところから育児はスタートしますから、父親だってできないことはないです。やっているうちに、ここはこうすればいいんだと一緒にスキルアップしていきます。是非、男性は産休を取って、産後の何もわからず不安で大変な時から2人で育児を始めてほしいと思います。お子さんの初めての健診に父親と母親が揃ってきてくださると嬉しくてほっとしていましたね。

 

── 最近は子育てのあとすぐ、もしくは子育て中に親の介護もする時代だと言われています。

 

伊藤さん:私の場合は、親の面倒を見る際にも子育てで学んだことが役立ちました。夫も私の両親もすでに亡くなりましたが、私たちも年を取り、働きながら介護もするのはなかなか難しくなって。そこで思いついたのが、子育ての際に実践していた職場と家、親とのトライアングルを近くすることでした。義母の病気をきっかけに、自宅付きで小児科を開業し、ある一定期間は義母も私の両親も自宅で介護ができました。また夫が主治医としてだけではなく、親の介護にも協力してくれました。介護は力仕事もあり、ひとりでは倒れてしまいます。介護の現状では男性のケアラーとしての役割は大きいのです。

 

── 子育ての経験が介護にも活かされると。

 

伊藤さん:今、ライフワークバランスや働き方改革が叫ばれていますが、男性にもライフにケアをプラスしてほしいと思っています。子どもを産む・産まない、子どもを持つ・持たないにかかわらず、社会的合意として「育児の共有」の考え方は、親のケア、それが自分のケアにも繋がります。

 

小児科医として感じていたことですが、以前は父親が子どもをクリニックに連れてきても、子どもの症状が言えない方が多く、きっと奥さんから「連れてって」と言われたから来ているんだろうなと思うことがよくありました。でもここ10年で、一生懸命子どもと関わっている父親が増えてきているなというのは実感としてあります。もともと日本では、あるべき父親像は「生計を支える人」で、育児における父親像は求められておらず、育児も手伝うものという認識が強くあったと思います。だんだんと、子どもは最初から夫婦で一緒に育てるものに変わってきているのは、いい傾向だと思います。いろいろな社会制度、支援策を使えるようにして、みんなで後押ししたいですね。

 

── 性別による役割は、どんどんなくなっていっていますね。

 

伊藤さん:長女の息子で、私たちの孫は10歳の1/2成人式のときに「お父さん、いつもおいしいご飯をありがとう」「お母さん、お仕事頑張ってね」と言ったんです。娘夫婦は共働きで、早く帰った方が食事の用意をするそうですが、娘婿の方が料理は得意なようです。そして孫は特に珍しいことを言っているという自覚もなく、当たり前のこととして言ったそうです。こういうことが自然になれば、どんどん世の中の普通になっていくんだと思いました。いろいろな制度ができても、今暮らしているその家庭から変わっていかないとなかなか世の中全体は変わりません。

 

子育てをしながら働きはじめたころ、女性の先輩が言った、「子育てをしながら仕事をしていると辞めようと思う場面が何度もあるけれど、続けるという意思をもって、1週間、いや1か月頑張ってみようと思っているうちに半年、1年と過ぎていったのよ」という言葉が忘れられません。小さな目標を少しずつ乗り越えていくことが大切なんですね。私も方向転換や転職もしましたが、働き続けようと思い続けてよかったと思っています。仕事で得られる自信ややりがいは人生において大きなプラスになります。

 

私たちの時代と違って、男女の区別なく自分に向いていること、個人の適性を生かしていける世の中になることの大切さも改めて感じています。人に対して垣根を作らず、誠実に係わり誠実に話し合うことが、社会のすべてにおいてうまくいくのではないかなと思います。そして「育児の共有」から新しい未来が開けると思っています。

 

PROFILE 伊藤瑞子さん

いとう・みずこ。1945年4月生まれ。福岡県福岡市のあおばクリニック前院長。長崎大学医学部卒業後、長崎大学病理学第2教室入局、長男と長女を出産。国立長崎中央病院臨床研修医(現 国立病院機構長崎医療センター)として勤務中に次女のMISIAを出産。小児科医師となる。その後、長崎県離島医療圏組合厳原病院小児科医長(現 長崎県対馬病院)を経て福岡県の病院に勤務し、開業。71歳で福岡女子大学大学院 人文社会科学研究科に入学、修士課程修了。福岡県こども審議会の専門委員に任命されたほか、講演会などで登壇も行う。

 

取材・文・撮影/内橋明日香 写真提供/伊藤瑞子、福岡女子大学(サムネイル)