アメリカ帰りの上司のおかげで定時帰宅が実現

── 今より女性の医師は少なかったと思いますが、職場の環境はいかがでしたか。

 

伊藤さん:上司にアメリカで新生児と小児科の2つの専門医を取得して帰ってこられた優秀な男性の先生がいて、勤務環境にも恵まれました。決して次の日に仕事を残していいというわけではなく、自分がすべきその日の仕事はその日に終わらせて、当直医にしっかり引き継いで定時に帰るということです。当時の日本ではだいぶ先進的だったと思います。

 

伊藤瑞子さん
71歳のときに大学院生となった伊藤瑞子さん

アメリカは24時間医療を保障するために、ラウンド(引き継ぎ)に時間をかけ、情報をていねいに共有して夜間に勤務する当直医に勤務交代するそうです。その手法を取り入れた上司のおかげで、帰る際も「すみません、お先に失礼します」とは言わなくなりました。定時の夕方6時で家に帰ることが可能になったので、子どもと夕食を一緒にとることができました。患者さんが心配で、帰宅後にまた出勤する日や夜勤もありましたが、気持ちの面での負担はまったく違いましたね。

 

── 子育てをしていると「すみません」が口癖のように出てきてしまいます。

 

伊藤さん:私もそれまでは人より早く帰る際に「すみません」というのが当たり前でした。保育所でも「遅くなってすみません」、子どもにも「ご飯が遅くなってごめんね」と。常に誰かに迷惑を掛けてしまっているような気持ちでいました。24時間預けられる院内保育所の存在と、上司の指導によって変わった職場環境のおかげで、ストレスを感じず、仕事での責任を果たせていると感じることもできました。職場と保育所、宿舎が半径50メートル以内の小さなトライアングルの中で完結したことも大きかったです。

 

勤務超過が続き、主治医が疲弊してしまうことで患者さんの命に関わることは絶対にあってはなりません。常に治療方針を同僚に示して、情報を共有するチーム医療はとても勉強になりましたし、医師としての自信にも繋がりました。最近の働き方改革の中で、患者さんに、「従来の主治医制ではなくチーム制をご理解ください」というポスターがあるようですよ。そういう体制をとるところが増えてきたのでしょうね。医師の過労を防ぎ、医療に質も高める良い方法だと思います。

 

PROFILE 伊藤瑞子さん

いとう・みずこ。1945年4月生まれ。福岡県福岡市のあおばクリニック前院長。長崎大学医学部卒業後、長崎大学病理学第2教室入局、長男と長女を出産。国立長崎中央病院臨床研修医(現 国立病院機構長崎医療センター)として勤務中に次女のMISIAを出産。小児科医師となる。その後、長崎県離島医療圏組合厳原病院小児科医長(現 長崎県対馬病院)を経て福岡県の病院に勤務し、開業。71歳で福岡女子大学大学院 人文社会科学研究科に入学、修士課程修了。福岡県こども審議会の専門委員に任命されたほか、講演会などで登壇も行う。

 

取材・文・撮影/内橋明日香 写真提供/伊藤瑞子