「ここまでよく生きてこられた」と過去を振り返る講談師の七代目一龍斎貞鏡さん。思春期のころに経験したいじめから、今もマイナス思考に流されてしまいそうになると言います。(全3回中の3回)
友達に「死ね」と言われて
── 堂々と舞台に立つ姿が印象的ですが、子どものころは真逆なタイプだったそうですね。
貞鏡さん:もともとマイナス思考で、人前に出るのも怖くてたまらなかった。この性格もあってか、思春期にいじめられることもありました。
女子特有のグループがありますよね。私は、はぶかれ、仲間はずれにされることが何度かありました。友達に無視されて「死ね」と言われ、母も厳しかったので、家にいても休まりませんでした。「私なんてもういいんだ」と思って、ふとした瞬間に「もう消えていなくなってしまいたい」と思うこともありました。
── いじめられていたことを誰にも言わなかったのですか。
貞鏡さん:はい。嫌で嫌で指を噛んだり、顔を引っかいたりしていたので、皮膚がボロボロになっていましたけど、母に悲しい顔を見せたくないと思っていました。それに、「いじめられるあなたが悪い」などと怒られるかなと思うと、何も行動ができなくなるほどの小心者なので、私が耐えたらいいんだと思っていました。今振り返ってみても、ここまでよく生きてこられたなと思うくらいです。人間って強そうに見えて、そんなに強くないと思っているので、自分がした経験を子どもたちにはさせたくないですね。わが子には逃げ道を作ってあげたいです。
── 4人のお子さんを育てているなかで、ご自身の経験が活きていることはありますか。
貞鏡さん:子どもたちには「何かあったらいつでも、何度でも、いくらでも逃げていいんだよ」と伝えています。逃げることは恥ではないですし、とにかく命を大事にしなさいということをことあるごとに言っています。幼稚園や習い事などで「こんなことがあった」と子どもが落ち込んでいたら、まずは子どもの話、気持ちをしっかり最後まで聞くように気をつけています。
「じゃあ、これからどうしようか」とすぐに答えを求めず、子どもの気持ちが乗って話してくれるのを待つようにしています。「無理をしてでも行きなさい」ということは絶対に言いません。自分の気持ちが大事。何があっても命を粗末にすることだけはあってはならないので、子どもたちの逃げ道を作ってあげることを常に意識しています。意識しないと、私もそういう過去があるので、ついマイナスな言葉を言ってしまうかもしれないと思っていて。
── 子どもと向き合っていると、自分の思い通りにならないことも多いかと思います。そんなときはどうしているんですか。
貞鏡さん:子育て中は、たとえ自分が40度の熱があっても元気な子どもたちは飛びついてきますし、ご飯も作らなければならず、お風呂にも入れなければなりません。綺麗ごとでは済まされないので、自分の心が乱れそうなときは、「ちょっとひとりにさせて」と夫に言って、たとえ10分でもひとりになる時間を作るようにしています。夫も、子どもがあまりにいうことを聞かないときに声を荒げそうになったら「ごめん、ちょっと外行ってくる」というように夫婦で気をつけるようにしています。
夫と結婚して、子どもを授かったことで「生きていてよかった」と強く思えたんです。あのとき、間違ったことをしなくてよかったと。命って本当に奇跡のかたまりなんです。師匠でもある父が3年前に他界しましたが、人は死んでしまうのも一瞬です。「この世に執着はない」というような気持ちでいた私に、夫と子どもたちが気づかせてくれた、命や愛という存在。きょうだいであっても十人十色、気性はまったく異なります。減点方式ではなく、一人ひとりのいいところを褒めて伸ばす加点方式で笑顔あふれる毎日を送ってもらいたいの一心です。
何事も、自分の意識の持ちようで変えられます。「目の前の納豆ご飯が美味しいのが幸せ!」と思うのだって自分次第です。つらい過去を思い出すと、どうしてもマイナス思考に流されてしまうので、なるべく意識して思い出さないよう過ごしています。