講談師として活躍する七代目一龍斎貞鏡さんは、育児を理由に夫婦の衝突も多くなったそうです。子育て、自分育ての真っ最中という現在の奮闘ぶりについて伺いました。(全3回中の2回)

子どもの体調不良も「誰かのせいにするのはみっともない」

── 講談師は話芸で魅了する仕事ですが、4人のお子さんがいるご家庭でも話す言葉には気をつけているんですか。

 

貞鏡さん:家では「パンツ、しまいなさい!」「ほら、半ケツ出てる!」なんて叫んでいる私が、一歩外に出たら「卍巴と降る雪の中」なんて難しい日本語を使っているので、自分でもその振り幅がおもしろかったりします。

 

一龍斎貞鏡さん
メイク中の七代目一龍斎貞鏡さんを取り囲む4人の子どもたち

家でも言葉は気をつけるようにしてはいますが、あまりに厳しく教えてしまうとよくないかなと思って自由に育てています。子どもは、6歳、4歳、3歳、1歳。末っ子以外が家で使う単語は、ここでは言えないような放送禁止用語ばかりですが(笑)。抑制し過ぎて大きくなったときに爆発しないよう、今は成長の過程と思って好きなように言わせています。

 

── 仕事との両立をしていますが、急なお子さんの体調不良はどう対応しているのですか。

 

貞鏡さん:大切な会の前の日に子どもが体調を崩して、夜中も2時間おきに看病をしていたという状況でも、それを舞台ではいっさい出さないようにすることを心がけています。そうは言っても、実際、本番も寝不足、稽古不足でうまくいかず悔しく落ち込むことも多々ありますが、誰かのせいにするなんてみっともない。絶対にそんなことはしたくないので、そんなときは、とにかく隙間時間を見つけて稽古をして、次の高座に挑みます。私の切り替え方法は、講談の発声練習である「修羅場」という合戦の読み物を読むことです。腹の底から大きな声を出して気持ちを落ち着けるのが、リフレッシュ方法ですね。

 

── 産休や育休もご自身で期間を決めるそうですね。

 

貞鏡さん:長男のときは出産予定日の1か月前まで務めさせていただいて、産後3か月ごろに復帰しました。妊娠中や産後は、心も体も乱れ、何が起こるかわからないので、自分の体調とよく向き合いながら決めています。周りの方のご助言は、自分の中で取捨選択してありがたく取り入れるようにし、昔からの迷信や世間の「こうあるべき」ということにとらわれないようにすることにしました。回復のペースも個人差があるので、私なりの道を模索しながらやっている最中です。

夫と「取っ組み合いの喧嘩になったことも」

── 普段は旦那さんと家事や育児を分担されているんですか。

 

貞鏡さん:夫はもともと、お料理などはできなかったのですが、だんだんとお米を炊いたり、出汁を取ったり。少しずつ努力を重ねていってくれまして、今ではもう私よりうまくなっています。長男を授かった直後に夫との離婚危機が訪れまして、これまで何回、離婚届を突きつけたかというくらいです。その都度、踏みとどまって今に至ります。時に口論だけでは収まらず、取っ組み合いの喧嘩になることも多々ありました。

 

一龍斎貞鏡さん
話術が光る七代目一龍斎貞鏡さん(撮影/ヤナガワゴーッ!)

── たとえばどんなことで衝突していたんですか。

 

貞鏡さん:産後3か月で復帰して、初めて子どもを夫に預けて仕事に行った日があったのですが、やっぱり心配なので仕事の合間に夫に電話したんです。電話の向こうで子どもがすごい勢いで泣いている声がしたので、「すごい泣いてるけど、大丈夫?」と聞いたところ、「大丈夫って言ってるだろ!任せろよ」となって。仕事が終わって急いで帰ってきてすぐさま、「赤ちゃんを抱っこして、あんな言い方やめてよ」「じゃあ怒らせるなよ」とまた喧嘩に。

 

今思うと、私が夫に任せて仕事に行ったのだから、夫を信頼して、「何かあったら連絡が来るだろう」とドーンと構えていられたらよかったのですが、そのときは、「本当に私、こんな時期に仕事復帰してもいいのか。母である私が赤ちゃんのそばにもっと居なければならないのではないか…」という迷いがおおいにあったので、心配ばかりしていました。それでは夫に対して、赤ちゃんに対して、そして仕事に対して失礼ですよね。

 

また、当時は、お互いのダメなところばかりを見つけては言い合い、私も「また洗濯物も畳んでいない、ご飯も炊いていない」と、夫の悪いところばかりに目がいってしまって。そんなことを言われたら誰だってやる気がなくなってしまいますよね。

 

── お互いに余裕がないと、そうなってしまいがちですよね。

 

貞鏡さん:私なりにどうしたらいいのかを考えて、夫が何か家事をしてくれていたら「これやってくれたんだね!すごく助かる!ありがとう!」と素直に感謝を口にして伝えるようにしました。少しぐらいお皿の油汚れが残っていたって、洗濯物がシワシワでも、家族のためにと思って行動してくれている気持ちはとても尊く、とてもとても嬉しかったです。

 

するとだんだん夫も、「新米買ってきて、ご飯炊いておいたよ!」「泡切れのいいスポンジ買ってみたけど、どう?」と積極的に気づいて家事をすることが増えて、いろんなことが得意になっていきました。夫を尊敬する気持ちも増していきましたね。私自身も、誰かと比べられたり減点方式で評価されて傷ついたりしてきたなかで、父からしてもらった加点方式に何度も励まされてきました。減点方式からは何も生まれない。母親になった今、子育てを通じて、私自身も日々育ててもらっていると感じます。

 

── 思っているだけではなく、きちんと伝わるように言葉にする。勉強になります。

 

貞鏡さん:お互いに仕事で疲れていますし、最初のころは何も言わずに溜め込んでいました。友達に話したところで愚痴になってしまうだけで何も解決はしません。目の前に仕事がこんなにある、家に帰ったら家事や育児も待っている。じゃあどうしたらいいのかと言ったら、やっぱり夫婦で力を合わせていくしかないんです。

 

ひとつひとつ、目の前の課題を夫婦2人で乗り越えるしかいない。夫婦でどうしても手が回らないときは、自治体の制度やプロのシッターさんを頼りながらなんとかやっている状況です。やらざるを得ないというのが正直なところですが、何とか子どもたちに寂しい思いをさせない頻度で私の大好きな高座をつとめさせていただく。今、その頻度を絶賛模索、奮闘中です。

 

親である私たちが解決しなければと思って、今でも夜な夜な夫婦で話し合ってお互いにわだかまりがないようにしています。溜め込んでいるといつか爆発してしまうと思うので。今は、仕事と家庭の2本の柱のために生きていますが、大好きで愛するこの2本の柱とは真正面から向き合おうと思っています。

 

── 仕事が終わったら家に真っ直ぐ帰るそうですね。

 

貞鏡さん:子どもが生まれてからのこの6年間は、美容院に行くのもままならず、仕事と家庭だけに生きています。朝は子どもたちとギリギリまで過ごして、講談の舞台である高座の1時間前きっかりの電車に乗ります。仕事が終わったらすぐに着替えて電車に飛び乗って、トイレにも行かずに真っ直ぐに家に帰ります。

 

自分の親御さんや義両親、シッターさんに子どもを預けてお友だちと遊んだり、夫婦だけで食事に行ったりしたという友人の話を聞いて、正直、「へぇ~いいなぁ!」と思うときもありますが、人は人。私は、土日祝日も高座でシッターさんに預かってもらうことも多々ありますので、子どもたちに寂しい想いをさせないよう、高座が続いた時は、平日に全く仕事をしない日をあえて作り、少しでも多く家族みんなで過ごせる時間を作るようにしています。

 

長男が産まれて、自分より大事な存在に出会ってから「この子を守るためならなんでもできる」という愛おしい感情を初めて覚えました。今まで一度も感じたことのない感覚…。自分たちの結婚式の時にはこの感覚はありませんでした。夫に失礼かもしれませんが(笑)。子どもが生まれたことで愛という存在を知り、私の高座に対する想いも愛に変わりました。愛を子どもに教えてもらってから、仕事に対する想いも、子どもの人数が増えるにつれて深まっています。