2023年6月に夫であり、仕事のパートナーでもある夫が悪性リンパ腫を患った新田恵利さん。穏やかな性格の夫が「もう嫌だ!」と愚痴をこぼすようになり、気持ちが次第に疲弊していきます。(全5回中の1回)
「病と闘う」腹を括った夫に対し、私は…
── 2023年に旦那さんが初期の悪性リンパ腫を患い、闘病生活を経験されました。あらためて、病気が発覚したときの状況を伺えますか?
新田さん:4月くらいに夫が「のどが痛い」と言って、耳鼻科を受診したんです。その前の年にコロナに罹患していたので、「もしかしてまたコロナかな」くらいの気持ちで、あまり深刻にとらえていなかったのです。でも、お医者さんから「(のどの腫れている部分の)面構えが悪いね」と言われ、検査を受けることに。その結果「8割方がんの疑いが強い」と言われ、がんセンターで検査をしたところ、ステージ1の「悪性リンパ腫」だと判明しました。想像もしていなかった出来事に目の前が真っ暗になり、思わず悲鳴を上げてしまったほどでした。
── どのような心境だったのでしょうか。
新田さん:夫は、告知を冷静に受け止め、「腹を括って病と闘う」と覚悟を決めていたのですが、私はあまりのショックでパニック状態。当初は現実をなかなか受け入れられず、「そんなはずない!なにかの間違いだよ」と夫に言っていたくらいです。
うちは子どもがいないので、夫婦ふたりで、ずっと支え合って生きてきました。二世帯住宅で6年半にわたり母を在宅介護して、悔いのない看取りができたのも、夫の協力があったからこそ。どこに行くのも、どんなときも一緒でした。私にとって、精神的な支えである夫がいなくなっちゃったら、この先どうやって生きていけばいいんだろうと、怖くてたまらなかったんです。だから、どうしても認めたくなかったのでしょうね。
もうひとつ大きな不安がありました。親が病気のときは、精神的・肉体的な面で大変なことはありました。ただ夫の場合、私の個人事務所の社長であり、家計を共にするパートナーなので、さらに経済的な問題が絡んできます。しかも夫は私の仕事を全面的にサポートしてくれているので、彼がいなくなると、仕事の進め方すらわからない。すごく不安でした。これまでいかに夫に支えられてきたかを思い知りましたね。
── 現実的に、お金の問題は大きな不安要素ですよね。
新田さん:幸いにも私は仕事を持っていて、夫もその後、仕事復帰できたからいいものの、これがもし専業主婦だったり、闘病生活が長引いたりすると、生活の基盤がぐらついてしまうんだと実感しました。
じつは、私のなかでは、がむしゃらに働く時期はもう終わったと思っていて、それまで苦手なお仕事はお断りすることもあったんです。でも、もしも家計の収入が絶たれた場合は、そんなことを言っていられません。歌の営業だろうが、なんだろうが、食べていくためにはなんでもやろうと、一時は覚悟していました。
── 病気は本人が一番つらいとはいえ、支える側の心にも大きな負担がかかります。新田さんは、どうやって自分の気持ちと向き合っていましたか?
新田さん:夫はもともと穏やかな性格なのですが、病気のストレスから気持ちの浮き沈みが激しくなったり、抗がん剤の副作用で体がつらいと、「もう嫌だ!」と愚痴をこぼすことも。つらい気持ちを溜め込むより、吐き出してもらったほうがラクになると思い、できるだけ話を聞くようにしていたのですが正直、こちらの気持ちも疲弊します。
でも弱っている夫に対して、私がネガティブな言葉を言うわけにはいきません。そこはグッと我慢。ただ、そうなると自分も精神的にだんだん追い込まれてくるんですよ。そんなときは友人に愚痴を聞いてもらったりして、気分転換していました。それでも「夫がいなくなったらどうしよう」とは、誰にも言えませんでした。言葉にすると、現実になりそうで怖かったのかもしれません。