ゾッとするけど優しくて、笑って、泣けるのが怪談
── 稲川さんの怪談は、優しさやせつなさを感じるものがあり、心を打たれることもしばしばあります。
稲川さん:怪談というのは、人が死んだり、幽霊が出てこなくてもいいんですよ。不思議な話、優しい話もあるんです。たとえば、新潟に伝わる怪談で、臭う沼や燃える池の話というのがあります。じつは、新潟では江戸時代以前から平成まで、石油が採掘されていたんです。でも、石油のことをあまり知らない当時の人には、不思議な現象が起きているように見えたし、ちょっと怖くもある。なんだろう?怖いな、と、こういう感性が必要です。これが怪談なんです。
ただ人が死ぬのは、ミステリーや殺人事件ですよ。怪談は人が死ななくたっていいんです。不思議でドキドキする話もあれば、果たされない想いみたいに穏やかで優しくて、ぞっとするんだけど、ふと考えるとかわいそうだなぁというものもある。思わず笑ってしまうけど、怪談だよねというのもあり、いろいろです。だから怪談は楽しいんです。
── はじめてラジオで怪談を語ってから40年以上過ぎました。世の中もずいぶん変わりましたが、怪談も変化しましたか?
稲川さん:怪談に関しては、変化はまったく感じません。ただ、生活が変化したので、昔なつかしい話をしていても、伝わらないことがあり、説明が大変なことはありますね。「公衆電話」や「ふすま」を知らない人はいるだろうし、「そのころの田舎」と言っても、それぞれ思い浮かべる光景は異なりますよね。でも、怪談そのものの本質、たとえばお迎え(死)に向き合うかたちなどは、今も昔もそんなに変わりません。
── 怪談ツアーの功績が認められ、2012年には8月13日が怪談の日と認定されました。ちなみに…稲川さん自身は霊感があるんですか?
稲川さん:うん、けっこうありますよ。怪談を始めたのはたぶんそういうことでしょう。怖いところに行くと、汗かくんですけど、逆に嬉しかったりします。「やった」「これネタになる」と考える、第三者の自分がいるんです。だから、怖いんだけど行ってみよう、となります。
── お話をとおして、怪談は意外と身近に存在しているという気になりました。
稲川さん:そうそう、そういう心霊スポットに行っても、昼と夜ではやはり違うんです。怪談というのは、日常から非日常に変わる状況で起きやすいんですよ。明かりがついているときはふつうだけど、ふっと消えた瞬間に状況が変わっていく、こういうところですよね。その瞬間に、風が吹いてきて…なんかあるね、ちょっと怖いねというあたりから、だんだんはまってきますからね。怪談は、すぐそこで起きること。自分が生活している社会の、日常の延長で、ある瞬間「何か変わったかな」と感じたら、だんだん状況が進んで、「変だな」「妙だな」と思うことが起きる。これが怪談のおもしろさです。
PROFILE 稲川淳二さん
いながわ・じゅんじ。怪談家。1947年、東京都渋谷区生まれ。桑沢デザイン研究所を経て、工業デザイナーとして活動。1996年通商産業省選定グッドデザイン賞「車どめ」を受賞。その一方で、タレントとして、ワイドショー・バラエティー・ドラマと多くのメディアに出演。また、怪談界のレジェンドとして、若者からお年寄りまで広いファン層を持つ。“稲川淳二の怪談ナイト”の全国ツアーは、32年目を迎える。
取材・文/岡本聡子 写真提供/ユニJオフィース、オフ・ショア―、ジェイ・ツー