「自分で取材もするし、調べもします。そして、たったひとりで黙々と創作を続け、頭が覚醒されていくんです」と話す稲川淳二さん。恐ろしくて、優しく、どこか泣けて笑える、そんな人の心を打ち続ける怪談の創作秘話とは?(全4回中の1回)

「怪談はジェットコースター」怖いから楽しい

デザインセンスあふれる書体で書かれた稲川淳二さんの怪談ノート
デザインセンスあふれる書体で書かれた稲川淳二さんの怪談ノート

── 1993年から怪談ツアーを開始し、今年で32年目。昨年まで1009公演、延べ69万人を動員しました。人気の秘密は?

 

稲川さん:怪談のライブ感でしょうね。気軽にみんなで行ける感じがいいんですよ。ちょうどジェットコースターと同じで、走り始める前は他人同士、淡々とした雰囲気です。でも、みんなでスリルを経験して「キャーッ」と盛り上がって、カタカタとゴールまで戻ってくると、全員ゲラゲラ笑っていますよ。「おもしろかったね」なんて、言い合っているとお互い自然と親しくなります。怖くて楽しいものって、人をひきつけます。おもしろいだけの笑いってけっこう乾いていて、すごく笑うんだけど、サッとひいちゃうものなんです。怖くておもしろい話っていうのは後をひきますね。

 

── 公演はジェットコースター!お客さんはどんな方々が多いですか?年齢層に合わせて、話す内容を変えることはありますか?

 

稲川さん:客層は幅広いです。息子さんやお孫さんを連れてきてくれるおばあちゃん・おじいちゃんや家族で来る人、カップルやグループ、若い人だけ、さまざまです。高齢の方がお見えになるのは、嬉しいですねぇ。基本的に、誰もが理解しやすいようにあまり難しい言葉を使わないようにこころがけています。そして、私、ふだん少し早口なのですが、怪談のときはゆっくり話すようにしています。ただ、その会場の雰囲気によっても話すスピードは変えます。若い方が多いとテンポを上げますが、高齢の方が多いときはギアをあげすぎない。

 

稲川淳二さんの怪談ツアーのツアーバス
怪談ツアーのツアーバス

── 毎年、ライブに参加される方も多いのでしょうか。

 

稲川さん:毎年、3世代で来る方もいますよ。印象的なのは、新潟で毎年、白い浴衣を着て、私のお面をつけてくる5人グループがいるんですよ。稲川ジュニア(笑)。若いのかと思ったら50〜60代。いやぁ、嬉しいですね。みんな、いろんな服装で来て、公演が終わるとそれぞれ笑って満足しています。

 

最近は、外国人も増えていますよ。兄弟2人のアメリカ人が来て、なぜ日本語がわかるのか不思議で、たまたま楽屋に通したんです。そうしたら、ロサンゼルスのリトルトーキョー(日本人街)で、幼いころから日本人と遊んでいたから日本語がわかるんだって。それがまた、私のCDやDVDの話をよく覚えているんですよ。

 

── 怪談が国境を超えたんですね。ライブで出会って、結婚したカップルもいると聞きました。

 

稲川さん:実際はもっと多いかもしれませんが、私が連絡をいただいて、結婚式にメッセージを送っただけでも5組います。みなさん、笑って泣いて、なかには歩けなくなるほど感動する人もいるんですよ。優しい怪談もありますからね。そんな興奮状態を共有した男女が出会えば、「来年も一緒に行こうよ」とカップルもできますよね。

人から聞いた話ですが…「うそ怪談」は怖くない

── ライブで語った怪談数は494。毎年、新作を発表されているとはすごいです。怪談はどのようにうまれるのですか?よく「誰々さんから聞いた話ですが…」というものがありますが。

 

稲川さん:自分で取材して作ります。「人から聞いた話で〜」とはじめる怪談もありますが、人から聞いた話でそのまま使える話はほぼありません。話を聞くと、だいたい「怖かった」という部分だけで終わっちゃうんです。大切なのは、なぜその状況が起きたのか背景を調べること。そして、その怖さをどういう展開で伝えるか、です。これには時間かかるんですよ。もちろん取材にも行きます。さすがに有名な心霊スポットにはもう行きませんが、その地域で噂のある現場などを探して行きます。

 

やはり、自分で調べないと話が違ってしまいます。他人の作った怪談を聞いていても、時代背景などが違ったり、矛盾していたりすると思うことがよくあります。戦争中にさかのぼる怪談でも、よく調べれば「それは絶対ない」とわかります。年代や社会状況を調べないと、うそ怪談になっちゃうし、うそ怪談は怖くないんです。だから、怪談は簡単に作れるものではないんですよ。

 

還暦の2007年怪談ツアーの稲川淳二さん
還暦の2007年怪談ツアーの稲川さん

── 怪談作りに、誠実さと責任感をもってのぞまれているんですね。工業デザイナーの経験もあり、ものを作るのが好きとうかがいましたが、怪談も作りこむ感覚なのでしょうね。

 

稲川さん:ライブツアー前の最後2か月間、茨城にある自分の工房にこもってまとめます。工房は高台にあって、広い土地の向こうの海から日の出が見えるんですよ。誰ひとり、人を見かけない日もあります。そういうところで、だんだん頭が覚醒されていき、昼夜を問わずに作りこんでいます。この工程は、自宅ではできませんね、怪談作りはひとりがいいです。

 

── 2か月間、工房にこもる!怪談作りで気をつけていることはありますか?

 

稲川さん:当事者が存命していることが多いので、アルファベットの匿名にしておこうとか、去年他界されて誰にも迷惑をかけないから実名にしようなど、配慮はします。こんなふうに、まだみなさんに話してない不思議な話が、怪談以外にもたくさんあるんですよ。でも話すとご本人に迷惑をかけてしまうので、言えません。私が死ぬ前にちゃんと、これらをまとめて残していきます。宿題みたいなものかな。私が死んだら、それを見てもらって、それから一緒に埋めてほしいなと思っているんですよ。