インティマシー・コーディネーターとして、映画やドラマなどの撮影現場をサポートする浅田智穂さん。性暴力など心理的負担が大きいシーンで、俳優の心を守るために一番大切にしていることがあるといいます。それはわが子に対する思いにも通じるものでした。(全2回中の2回)

「余計なことはしない」細やかな配慮で俳優を守る

日本初のインティマシー・コーディネーターの浅田智穂さん
日本初のインティマシー・コーディネーターとして、これまで50もの作品に関わってきた浅田智穂さん

── ドラマ『大奥』(NHK)で、実子に性加害をする役を演じた高嶋政伸さんのエッセイが話題になりました。このなかで、「現場では、仮にその場に女優さんがいなくても、『レイプ』といった言葉を使わないようにしよう」と話されたというエピソードが印象的でした。

 

浅田さん:シーンの内容はみんなわかっているし、あえてその言葉を使う必要はないですよね。決して耳障りのいい言葉ではないし、それを当時10代だった彼女に聞かせるのはよくないなと思ったんです。「レイプのシーン」とわざわざ言わなくても、普通に「シーン58」と伝えればすむ話。必要のないことはしなくていい、というのは、私のなかで俳優を守るための策として思いついたことでした。

 

── こうした性的虐待も含め、10代や身成年者が暴力を受けるシーンの撮影には、大人以上に特別な配慮が必要になると思います。

 

浅田さん:子どものケアについては、私自身もまだ勉強中なんですが、アメリカでは子役に関してはめちゃくちゃ厳しいルールがたくさんあるんです。日本でも「未成年者が参加する撮影は午後8時まで」といったルールがありますが、アメリカでは休憩時間に勉強するための先生がついていたりして。

 

それを日本にそのまま当てはめるのは難しいなと思いつつも、お芝居に関しては、内容や演出方法含めて、子どもが傷ついてはいけないと思うんですね。たとえば虐待のシーンで、実際に叩くなんてことは絶対にダメ。怒鳴りつけたりするのも、子どもが恐怖心を持ってしまうようなことは控えるべきだと思います。たとえば暴力のシーンなら、役者をそれぞれ別撮りするという方法もとれます。そうやって工夫すれば、演者の子どもができるだけ傷つかないようにできるはずです。

 

あとは撮影内容についても、自殺や不倫など、その年齢の子が知る必要がないことを、あえて知らせる必要はないと思っているんです。たとえば私の娘は今小学校高学年で、おそらく「自殺」という言葉は知っていますが、自殺の方法まで詳しくは知りません。そういうことを、撮影に参加する子どもにあえて伝える必要はないと思っていて。その子たちが、自分の人生の中で学んだり、経験したりすればいいことだから。

 

抱き合う男女
「子どもが知らなくていいことは現場でも伝えない」というのが浅田さんの信念(写真/PIXTA)

── 最近は不倫を描くドラマに子どもが出演するケースも多いです。

 

浅田さん:そうですね。離婚されているご家庭のお子さんもいますので、ご両親がなにか理由があって別れた、という事実は知っていてもいいと思う。ただ、不倫とかそういった事実までは、子どもは知る必要はないように思います。

 

だから撮影でも、子役の子に不倫などについて説明はせず、ただそのシーンだけ演じてもらえればいいと思うんですよ。「お父さんが不倫して出ていってしまって、寂しいから僕は泣いている」ではなく、なにか悲しいことを想像して泣くだけでいいんじゃないかなって。ただ、それを嫌がる監督もいますので、そこはまだせめぎ合いですね。

現場と考えが違ったら「私は降りるしかない」という覚悟

インティマシー・コーディネーターの浅田千穂さん
インティマシー・コーディネーターとして仕事をするうえで「相手の立場になって考えることが大切」と語る

── 監督と意見が食い違ってしまうことはやはり多いのでしょうか。

 

浅田さん:私は仕事をするうえで3つのルールを掲げていて。1つ目は「インティマシーシーンは必ず事前に同意を得る」。2つ目は「性器の露出を避けるために必ず前張り(股間に貼りつけて性器を覆い隠す物体の総称)をつける」。3つ目が、「インティマシーシーンは少人数のクローズドセットで撮影する」。でも、前張りについて、なかには「俳優がつけたくないと言ったら、つけなくていい」という考えの監督もいます。

 

──前張りについては、つけたがらない俳優もいると聞いたことがあります。

 

浅田さん:そうなんです。一方で、前張りをつけたがらない俳優がいたことで嫌な思いをしたという話も本当によく聞くので…。共演者がいる場合、1人が「前張りを取りたい」と言ったら、相手は「取りたくない」とは言えないですよね。スタッフへの配慮も考えなくてはなりません。なかには、私のインティマシー・コーディネーターとしての考え方を受け入れられない方もいらっしゃいます。話し合いで解決できないのであれば、私が雇われる側なので降りるしかないです。

 

ただ、最近は監督とうまくいかない場面はかなり減ってきました。みんなでいい作品を作っていこうという雰囲気のなかでインティマシー・コーディネーターが入っているから、スタッフもうまく私を使ってやっていこうと協力してくれますね。私がこの仕事をしているのは、いい作品づくりをしたいから。ただ俳優を守りたいだけなら、タレントの事務所に所属すればいいので。私は今の仕事を通して、いい作品づくりにかかわりたいんですよね。