80年代のアイドルには一般的なファンとは異なる、ある集団が存在しました。それが「親衛隊」です。コンサート会場や自宅など、過激な追っかけから身を守ってくれる存在だったといいます。ファンとアイドルの崇高な関係がそこにはありました。(全5回中の2回)

 

過激なファンから守ってくれた「親衛隊」の存在

── 80年代のアイドルに欠かせないのが、熱狂的なファンである「親衛隊」の存在です。おそろいのはっぴを羽織り、頭にハチマキという気合の入った出でたちで、推しに熱い声援を送る親衛隊の姿は、“歌番組の風物詩”ともいえる光景でした。

 

浅香さん: 親衛隊の方たちは、一般のファンの方とはちょっと違っていて、コンサートや歌番組などで熱心に応援してくれるだけでなく、過激なファンから私を守ってくれる身辺警護のような役割も担っていました。当時は、なぜか住所がすぐに知られてしまうので、追っかけやファンの方たちが自宅マンションの前に集まってしまうんですね。でも、親衛隊の方たちが、騒ぎにならないように目を光らせてくれて、私が仕事に行くときには、いつも見送りと出迎えをしてくれていました。

 

── 距離感が近いのですね。サインを求められたり、話しかけられたりしませんか?

 

浅香さん:そういうことはなかったです。詳しくはわからないのですが、どうやら親衛隊のなかでルールが決められていたようなんです。サインを求めないとか、写真を撮っちゃダメとか、体には触れないとか。迷惑な思いをしたことは一度もなくて、むしろ心強い存在でした。コンサート会場に行くと、会場の外で親衛隊の皆さんが一生懸命にかけ声の練習をしているのですが、その姿を横目で見ながら会場入りすると、気持ちがすごくあがるので、ありがたいなと感じていましたね。

 

── 当時、親衛隊だった方に「じつは当時…」と、声をかけられることは?

 

浅香さん:それが一度もないんですよ。もしかしたら、いまもライブに来てくださっている方のなかにいるのかもしれませんが、どなたも名乗り出てくれなくて…。誰かひとりくらい、「昔、親衛隊でした!」と言ってくれてもいいのなと、待っているのですが(笑)。かなりの人数の方がいたはずなのに、いまだにお会いしたことがないんです。

 

── まるで忍者のようですね(笑)。“本人に親衛隊だったことを明かしてはいけない”という掟でもあるのでしょうか。

 

浅香さん:どうなんでしょう(笑)。でも、80年代にアイドルだった方には、いまだに親衛隊が残っている組織もあるようで、私の親衛隊の方たちだけかもしれません。

曲に恵まれたアイドル時代「この楽曲を大事に育てようと」

── 浅香さんといえば、「セシル」や「C-Girl」、「Believe Again」など、たくさんのヒット曲をお持ちです。アイドル時代から、ドラマや映画、CMなど、活動の幅を広げながらも、つねに音楽活動を大事にされてきました。

 

浅香さん:私は本当に曲に恵まれたアイドルだったと思います。気持ちに寄り添って書き下ろしていただいた楽曲が多く、「これってまさに私だな」と共感できる曲ばかり。まるで自分の分身のように思えて、「この楽曲たちを私が大事に育てていかなくちゃ」という気持ちがありました。私にとって、曲を大事にするのは、自分を大事にするのと同じこと。“私自身をこの1曲で作り上げていく”という感覚でレコーディングにのぞんでいたので、「時間がないからこれでいいや」と妥協することだけはしたくなかったんです。

 

浅香唯インスタグラム(yui_asaka_official)より

── ストイックですね。

 

浅香さん:ただ、無理やり頑張ってもパフォーマンスがあがらないので、「今日は頑張りきれない自分がいるな」「なんだか乗りきれないな」と思ったら、その日は中断。気持ちを切り替えてから再チャレンジするようにしていました。生意気ながらレコーディング中に、「この気持ちはちょっとよくわからないな」とか、「私はこんな表現はしないかも」と感じた部分は素直に伝え、変更をお願いしたこともありました。

名曲『セシル』の歌詞には年齢とともに感じるよさがある

── 嘘のない気持ちで表現することにこだわっていたのですね。

 

浅香さん:そうでしたね。なかでも、私の曲をたくさん書いてくださった作詞家の麻生圭子さんとは、本当にいろんな話をしました。恋愛観やふだん頭の中で考えていること、よく使う言葉や性格。そうした会話のなかから、私の思いをくみ取って書いてくださったのが、『セシル』でした。曲のモデルになったのは『小さな恋のものがたり』のチッチとサリー。主人公の小柄な女の子・チッチとボーイフレンドのサリーの恋のお話です。

 

チッチのように小柄な私だけれど、大きな愛で人を包み込めるような女性になってね、というメッセージが込められていて、「唯さんはこれからきっと素敵な恋愛をしていくと思うけれど、そのときに感じるだろう心情を歌詞にしました」といったことを話してくださいました。正直に言えば、当時はまだピンと来る内容ではなかったんですが、会話の積み重ねから生まれた作品だったので、ずっと大切にしてきました。大人になるにつれて『セシル』の歌詞が理解でき、「ああ、素敵だな」と胸に染みるようになりましたね。

 

──『セシル』の歌詞には、年齢を重ねるほどに実感させられることがありますね。

 

浅香さん:本当にそうだと思います。守りたくなるものが増えるごとに、人は弱くなっていくものなんだなと気づかされます。歌詞を見ながら頭の中で想像していただけの若いころとは、受け取り方も重みもまったく違う。きっと60代や70代になると、今度はまた違った解釈があるのかもしれません。それもまた楽しみです。

 

PROFILE 浅香 唯さん

あさか・ゆい。1969年生まれ、宮崎県出身。1984年、ザ・スカウトオーディション「浅香唯賞」を受賞。翌年、シングル『夏少女』で歌手デビュー。86年、フジテレビ系連続TVドラマ『スケバン刑事Ⅲ 少女忍法帖伝奇』で主役の三代目麻宮サキを演じ、ブレイク『Believe Again』『C-Girl』『セシル』など多数のヒット曲を持つ。2002年に結婚、2007年に長女を出産。

 

取材・文/西尾英子 画像提供/ジャム企画