専門家に伺う「5分短縮」のメリットとデメリット
なぜ文部科学省は、授業時間の短縮を検討しているのでしょうか。教育評論家の親野智可等さんは、その狙いと現状が見合っていないと指摘します。
「画一的な授業を横並びにしていても、公立校の教育環境や地域格差が大きいので、短縮した時間を学校ごとに弾力的に運用して、それぞれが抱える課題に答えてくださいというのが狙いでしょうね。現場の創意工夫を促そうとする動きですが、そこで何をするにしても先生たちが準備をしなくてはなりません。現状、先生たちは毎日忙しく、新たに計画を立てて準備に時間を割くほどの余裕はありません。先生の働き方改革と言われていても、今でさえ十分に行き届いていないのに、さらに負荷が加わることは間違いないと思います。
授業は、先生も子どもたちもいきなりパフォーマンスが上がるわけではありません。開始からだんだんと集中力が上がっていきますので、最後の5分は貴重な時間です。もしかしたら最初の10分と同程度の価値があるかもしれません。教科書の内容を変えずに時間を減らすことがどれだけ大変か。現状でも子どもたちに学習内容を定着させることは難しいのに、落ちこぼしが増える可能性も高まると思います」
その上で、子どもたちが早く下校できることへのメリットもあるといいます。
「すでに40分授業を導入している東京都目黒区の小学校では、午前中に5コマ授業を行っています。そうすることで、午後の時間にゆとりが生まれ、下校時間が早まるのは先生にとっても子どもにとってもいいことだと思います。目黒区の小学校では、下校時間が30分ほど早くなったそうです。子どもたちに自由な時間、遊ぶ時間が増えるというのは非常に大きいことです。自分の好きな遊びや趣味に没頭することで、ストレス発散にもつながりますし、心の安定にもつながります。
先生も子どもたちが毎日30分早く下校することで、テストの丸つけや作文の添削、授業準備などの時間が確保されますので、これは大きなメリットだと思います。こういった方向性ならばいいのですが、文科省が狙っている地域独自の活動をするとなると、新たにどんな活動をするか考えなくてはならず、現場への負担が増えていくと思います」
親野さんは、授業時間を減らす前に、教育や学校改革で最も必要な「先生の数を増やすこと」の重要性を訴えたいと話します。
「授業時間の短縮の検討もそうですが、枝葉の政策ばかりあちこち試行錯誤しているのが日本の教育改革で、導入してもお金がかからず現場への負担が増えるものばかり。本当に変えたいならば予算を割かなくてはならない時期にとっくに来ていると思います。
日本が教育に割く予算はOECD加盟国の中で常に低いです。先進国では、少人数制が主流になってきているのに、日本ではようやく35人学級に移行しつつあるものの、まだまだ基本は40人学級です。公立学校の子どもたちの学力差は大きく、特に算数・数学と理科において顕著です。大人数の一斉授業ではわからないまま座っている子がたくさんいます。
落ちこぼしをなくすためには、その子に応じた内容をその子に合ったペースで学習する『個別最適化』が急務ですが、そのためには先生の数を増やして少人数指導を実現することが必要です」
親野さんは、教育に予算を割いていかないと、本当の意味での教育改革にはならないと言います。
「昔は、右向け右の一斉集団授業でよかったのですが、今は子どもや親の価値観もそれぞれに違います。先生が子どもや親と正面から向き合っていくことが必要で、授業中や休み時間の何気ない会話や、個別指導、保護者からの悩み事などを聞いて相談やアドバイスをする時間も大切ですし、子どもたちの小さな変化やいじめにも気が付きやすくなります。その時間を作るためにも多くの先生が必要です。新たな施策を始める前に、予算を増やして教員の増員からまず行ってほしいです」
PROFILE 親野智可等さん
教育評論家。本名、杉山桂一。長年の教師経験をもとに、子育て、しつけ、親子関係、勉強法、学力向上、家庭教育について具体的に提案。『子育て365日』『ずるい子育て』など著書多数。Instagram、Threads、X、YouTube、Blog、メルマガなどで発信中。オンライン講演をはじめとして、全国各地の小・中・高等学校、幼稚園・保育園のPTA、市町村の教育講演会、先生や保育士の研修会でも大人気となっている。
取材・文/内橋明日香
※この記事は、CHANTO WEBとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。