漫画家として第一線で活躍中のまんきつさん。自身の経験をもとにしたエッセイ漫画では、ネガティブ思考になってしまったときの言動が「あるある!」と共感を呼び、人気です。単行本デビュー作となった『アル中ワンダーランド』では、自身がアルコール依存症を克服する様子を描いて話題に。ただ、渦中にいた当時の苦悩は相当なものだったといいます。(全3回中の1回)
ブログと仕事、さらに家事との両立に追われ…
── 漫画家を目指しているときに始めたブログが大ヒットし、多忙からお酒を飲むようになったそうですね。それまでもお酒はよく飲むほうだったのですか?
まんきつさん:もともとつき合いで飲むくらいだったんですが、妊娠出産を機に完全にお酒は飲まなくなりました。子どもが原因不明のアレルギー持ちでずっと母乳育児で。4歳でやっと卒乳して、それをきっかけにまた飲むようになりました。
── ちょうどブログ書籍化の話があり、忙しくなったタイミングだったんですよね?
まんきつさん:そうなんです。ブログと仕事、そして家事…と、いろいろなことを並行してできなくなって、家の中がもうひどい状態になっちゃって。ところがお酒を飲むと、どういうわけか家事がはかどったんですよね。
── はかどったのは仕事ではなく、家事のほうだったんですか?
まんきつさん:私、とにかく洗い物が嫌いで…。そして、とにかく家のことと仕事の両立が苦手だったんです。仕事なら仕事をひたすらやる、ブログならブログをひたすら書く、みたいな感じで、「どっちか」になっちゃうんですよね。ちょっと休憩して少し家事をしておこう、みたいなことができなくて。どちらかが、おざなりになっちゃう。それがお酒を飲んだら、どういうわけかちょっとした合間に家事を済ますことができちゃって。
逆に、仕事のアイデアが浮かんだことは、正直あまりなかったかな…。それに、そこまで酔った状態だと、絵も描けなくなって。線がふにゃふにゃになるので、ペン入れのときは、なるべくお酒を飲まないようにしていました。
ブログが忙しくなるにつれて、お酒を飲む量がだんだん増えていきました。さらに度数が高くて早く酔えるお酒を昼間から飲むようになり…。ウィスキーを1日1本飲む、といったことをしばらく続けちゃっていたんです。多忙を乗りきるためにアルコールに頼り、常に酩酊状態でいるのが習慣になりました。一時期は水代わりに飲酒をするようになっていました。そのうち一気に症状が悪化し、幻聴が聞こえたりして…。そもそもお酒のアルコール度数を上げたことがよくなかったですね(苦笑)。
── 体は大丈夫だったんですか?
まんきつさん:アルコール依存症を患う人って、基本お酒が強いと思うんです。途中で気持ち悪くならずに、飲めちゃうんですよ。このままいくとヤバいぞ、っていうのを気づかずに飲んでしまえるんですよね…。
── 体はそこまでつらくなかったんですね。
まんきつさん:最初のうちはそうでした。そのうち緊張をほぐしたいときにもお酒を飲むようになり、トークイベント前に飲んでしまって酩酊状態で参加して醜態を晒してしまったことも…。それなのにまったく記憶がなくて。それでお酒がイヤになるのですが、いざアルコールを遠ざけると被害妄想に陥るようになり、また飲む…。その繰り返しでした。だんだん飲んでいるときも思考が投げやりになり、「死にたい」というネガティブな感情が湧いてくるように。
── 家事もできない状態に?
まんきつさん:はい。ずっと夢の中にいるような感覚が続いていました。「これはいけない」と家族にすすめられ受診したら「アルコール依存症」の診断がくだされて。治療に専念することになりました。実家に戻り、家族の監視下でお酒を断ち、通院をしました。断酒会にも参加し、ようやくお酒の沼から抜けられるようになったのは数か月後のことでした。
ずっとなりたかった漫画家になるチャンス!のはずが
── とはいえ、まんきつさんはもともと漫画家志望でいらっしゃいましたよね。ブログの書籍化は大きなチャンスだったのでは?
まんきつさん:昔から、絵を描くのが大好きで。成績はめっちゃ悪いのに、美術と体育だけはつねに「5」でした。人づき合いが苦手だったこともあり、ひとりで部屋にこもって絵を描くのが気楽だったんでしょうね。
本格的に漫画家になりたいと思ったのは、大学1年の頃。大学4年で江川達也先生のアシスタントに入りました。周りがどんどんデビューしていく姿を見て、漫画家になりたい気持ちがますます強くなったんです。
大学卒業後は市役所で非常勤職員をしていたのですが、関連で絵を描く仕事なんかもあったりしてなんだかんだずっと絵は描いていました。漫画を描いているときが、一番しっくりくる感覚があって。「やっぱり、漫画楽しい」って。だから、会社員をしながらもずっと描くことを続けていましたね。
── ところが、実際書籍化が決まると、両立がなかなか難しくなってきたわけですね。ブログに心ないコメントが来たこともあったとか。
まんきつさん:見ず知らずの人から攻撃されることが、生まれて初めてだったんですよ。ブログを始めたのが2012年だから、37歳にして初めて…ですね。本当にそこまでワーッて攻撃されたのは。
コメント欄を開くと「早く死ね」とか「お前なんか何年生まれ変わったっていう漫画家にはなれねえ」とか、本当にひどいコメントもあって…。私はヘンに負けず嫌いなところがあってしぶとい性格なんですけど、あれにはかなり傷つきました。今思えば、お酒を飲む原因にもなっていたと思います。
── ブログで誹謗中傷を受ける日々のなか、黒魔術に心惹かれた時期があったとか…?
まんきつさん:定期的に誹謗中傷コメントをしてくる人に、黒魔術をかけてやろうと思いついたんですよね…(苦笑)。黒魔術をかけるには、基本的に本名と顔写真が必要なんですよ。会ったこともないネット上だけでのやりとりをしている人の本名と顔写真を手に入れたいと、躍起になっていました。
とはいえ、当然というべきか、手に入れることは叶わず。今思うと、逆によかったんですけど…。「黒魔術かけてやるー!」という気持ちの逃げ道があったことで、救いになっていたこともあったのかもしれません。
── そういう負のパワーが逆にやる気を継続させていたと。ただでさえ忙しくて、何か趣味をする時間もなかったわけですもんね。
まんきつさん:今だったら「サウナ」っていう逃げ道があるんですけどね。当時、サウナに出合っていれば…!と心から思います。
サウナがズタボロの心と体を癒やしてくれた
── まんきつさんはサウナ好きとしても有名です。サウナに出合うのはアルコール依存症を克服した後だったのですね。
まんきつさん:そうですね。家族に協力してもらいながらアルコール依存症の治療をして。治療が終わり、しばらくしてサウナに出合いました。
── サウナはいいですよね。私も大好きです。
まんきつさん:よく「肌にいい」とか「健康にいい」とかも言われますが、個人的にサウナって「メンタルに一番いい」と思うんです。忙しいと行くのが若干めんどうになったりするけど、行くと必ず「来てよかったー!」ってなります。
── サウナに通うようになったのは、弟さんに勧められたからと聞きました。
まんきつさん:当時、仕事場を弟の自宅に移したのですが、そこがけっこう古い物件で、お風呂に入ったときに排水溝の匂いが少し気になることがあって…。それで、銭湯に行くようになりました。そこにサウナがあったんです。仕事場から目と鼻の先に銭湯があったので、必然的に毎日通うようになりました。
── サウナに通うようになって、ワークライフバランスが実現したという感じ?
まんきつさん:そうですね。でも本当に仕事が立て込んでいるときは、なかなか行けなくて。サウナに行けなくなると、やっぱり気持ちが落ちこんだりします。仕事の忙しさも手伝って、ガッツリ落ち込んじゃうときも…。
── そうなったときでも、お酒をたくさん飲むことはなくなりましたか?
まんきつさん:年齢のせいもあると思うんですけど、今は飲みたい気持ちがスッとなくなったんですよね。5年くらい前までは「飲みたいな」と思うこともまだあったんですけど。
── ちなみに、黒魔術熱はその後どうなりました…?
まんきつさん:あはは。最近はないですね(笑)。サウナに通うようになって、心も体も健康的になっているのかも。私には、サウナがすごく合っていたんだと思います。
PROFILE まんきつさん
漫画家、イラストレーター。1975年埼玉県生まれ。日本大学芸術学部卒業。2012年に始めたブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を集め、2015年には自身初の単行本『アル中ワンダーランド』(扶桑社)を刊行。2019年にペンネームを「まんしゅうきつこ」から「まんきつ」に改名。著書に『湯遊ワンダーランド』(扶桑社)、『ハルモヤさん』(新潮社)、『まんしゅう家の憂鬱』(集英社)など。2024年1月には最新作『そうです、私が美容バカです。』(マガジンハウス)が話題に。
取材・文/松崎愛香 画像提供/まんきつ、扶桑社