裕福な家庭ではなかったと語るNON STYLE石田さん。家賃を浮かせるため2家族共同で住んでいた時期もあったそうで、貧乏人に対するある仮説にはひと言、物申したいのだとか。(全4回中の1回) 

調味料を近所の人に借りる日々

── 子どもの頃は、どんな生活を送っていたのでしょうか。

 

石田さん:4畳半3間の市営住宅に住んでいて、裕福な家庭ではなかったです。父が昔気質な料理人で、ケンカして給料をもらってこないこともあったり、給料をもらっても飲み代に使ってしまい借金ばかり増えるんです。父は基本的に家にいないものの、たまに帰ってきたときは恐怖政治のようにとにかく怖くて、僕ら兄弟4人は父とは敬語で話してました。母はパートをしていましたが、育ち盛りの子どもたちを抱えて日々の食費を払うのがやっとだったと思います。

 

── 途中から別のご家族とも同居していたそうですね。

 

石田さん:僕が小学校高学年から中学2年くらいまで家賃折半のためか突然、父が知らない家族3人を家に連れてきたんです。部屋が狭すぎてスペースがなく、僕は一時期トイレと風呂の間で寝ていました。夜間はもうひとつの家族が頻繁にトイレに行くため、水の流れる音がうるさくて眠れなくて大変でした。

 

── 食生活はいかがでしたか?

 

石田さん:僕が「すき焼き」と思っていたものは、すき焼きじゃなかったです。味はすき焼きだけど具材はほぼもやし。すき焼きにこんなに肉が入っていると知ったのは、大人になってから。もっと言うとうちには調味料がなかったので、当時住んでいた団地内のご近所さんに毎回調味料を借りに行きました。末っ子の僕が行ったほうが調味料を貸してくれる確率が高いからとよく頼まれて(笑)。

 

あと、風邪で学校を休もうとしたら母が給食費を払っているから行けと言うんです。よく貧乏人は風邪ひかんとか言いますけど、学校を休ませてもらわれへんだけ。貧乏人の方が栄養整ってないし、冷暖房なども手薄だから絶対に風邪を引きやすいはず。それなのにこんな説が生まれるなんて、僕らからすると心外です!

面白いこともなんて言えなかった

娘さんと

── ところで、石田さんがお笑いに目覚めたのは中学の頃だそうですね。お姉さまが舞台に連れて行ってくれたとか。

 

石田さん:僕の家はテレビがなかったので、初めて舞台で漫才を見た日は衝撃でした。こんなにおもしろい文化が世の中にあるのか!と思いましたし、あまりの面白さに帰宅して覚えていることを全部書き起こしました。以来、新聞配達などアルバイトをしながらお金を貯めてはお笑いを観に行くようになりました。

 

── その頃から芸人を目指されたのでしょうか。

 

石田さん:いえいえ、ただの推し活です。中学高校時代は面白いことも言えなかったし、どちらかというと学校でも目立たない性格でした。高校卒業後は父と同じ料理の道に進みました。

 

ただ、板前として修行を積んでいるときに高校時代の友達からお笑いのオーディションを受けようと誘われたんです。彼らは学年でもトップを争うようなトーク力もあった二人。彼らは僕が足しげくお笑いのライブに通っていたことを知っていたので、僕なら脚本を書けるんじゃないかと思ってくれたようです。

 

三人でお笑いのオーディションを受けてみたら結果は惨敗。僕は舞台の上で大きい声も出されへんし二人の面白さを引き出すこともできなかった。彼らはオーディションが終わるとお笑いの道に進むことを辞めてしまったんです。

 

二人に対して申し訳ないと思うと同時に、面白いことがひとつもいえない自分の性格を変えたくなって、演劇の世界に入ることにしました。料理の仕事は辞めて、芸人1本で頑張ろうと思ったんです。

 

公園で鉄棒遊び

── ご家族の反応はいかがでしたか?

 

石田さん:母は、あんたはおもろくもないのにできるんか?あんたのいったことで笑ったことないわ!みたいな(笑)。父も母も板前としては期待してくれてたと思いますが、お笑いはあまり期待されてなかったかも。でも応援はしてくれてました。

 

その後、芸人を目指して、一人でネタを書いて、まずは道端で漫才をやろうと思ったんです。そのとき悪夢が訪れたんです。

 

── 何があったのでしょう?

 

石田さん:路上ライブの計画を聞きつけた、中高の同級生だった井上がやってきたんです。「お前、お笑いやりたいやろ。ネタ書いてこい。突っ込んでやるから」と言われました。その後、井上と一緒に芸人としての人生が本格的に始まっていきます。

 

PROFILE 石田 明さん

大阪府出身。学生時代の同級生、井上祐介とNON STYLEを結成。三人姉妹の父親として、2020年から週休2日の働き方を取り入れる。ブログ「NON STYLE石田明オフィシャルブログ」やInstagram「nonstyle_ishida」でも発信中。

 

取材・文/間野由利子