3歳のときに母子家庭になったアインシュタイン・河井ゆずるさん。その後、30年の時を経て父親と会うことになったが──。(全3回中の3回) 

30年行方不明だった父

── 河井さんが3歳のとき、お父さまが家を出ていったそうですね。

 

河井さん:母がいうには、「お父さんは買い物に行ったまま帰ってきいへん」と。実際は、両親が離婚したから家を出ていったみたいですけど。大阪のおばちゃんらしいユーモアでしょうね(笑)。

 

── お父さまが家を出られてから、連絡は取ってましたか?

 

河井さん:いっさい取ってないです。子どもの頃は、父に対して憎しみの感情しかなかったですね。母はずっと父の文句を言っていたし、僕も、あいつが出ていったせいでこんなしんどい生活をせなあかん!と思っていたので。

 

── その後、お父さまに対する気持ちは、変化しましたか?

 

河井さん:高校を卒業してアルバイト生活をしながらちょっとずつですね。バイト先の先輩たちと話をしているうちに、自分たち家族を捨てて出ていった父でも自分の親だと。これ以上、恨んだり憎んだりしても、自分のプラスにはならないからもうやめようと徐々に思っていったんです。同時に、自分のルーツである父に会ってみたい気持ちもわいてきました。

 

それで33歳の時に『買い物に出掛けて30年。何を買いに行ったのか気になるなぁ。もう何を買いに行ってたとしても面白いやろなぁ…』そんな軽いノリで何か良いエピソードトークにでもなればいい、くらいの気持ちだったんですよね。


 

父の居場所を探すには、最初は興信所に頼んで探してもらおうと思ったんですが、高額な費用がかかりそう。それで、結局自分で父の情報を調べました。役所に行っていくつか手続きを経て、父の最終登録住所まで突き止めて、手紙を書きました。「お変わりありませんか?」みたいなかしこまった文章だったと思います。僕のメールアドレスや住所、電話番号なども書いてポストに投函しました。

 

── お父さまから連絡はありましたか?

 

河井さん:手紙を投函して1週間から10日ほど経過したあと、知らない番号から電話がかかってきました。仕事柄、知らない番号から電話がかかってくることはありますが、その電話がかかってきた瞬間に、これは父からだ!と直感でわかりましたね。

 

そもそも、父に連絡したのは仕事のネタが欲しいという軽い気持ちからでした。でも、いざ電話がかかってきたら緊張してしまって電話が取れなかった。次の日、意を決して電話をかけなおしたら、やっぱり父でした。お互い敬語で挨拶したあと、30年ぶりに再会する約束をしました。

30年ぶりに聞いた父の第一声

メイクルームでリラックスする河井さん

── 再会当日は、どんな様子だったのでしょうか?

 

河井さん:かなり緊張しました。父と会う日、僕は後輩に事情を話して、再会の瞬間を遠くからビデオで撮影してくれるように頼んだんです。30年ぶりに血の繋がってる、でも知らないおじさんと会う。その味わったことない緊張が、後輩にもちゃんと伝染している。自分も後輩も顔面蒼白、ガチガチになってました。

 

── 撮影はうまくいきましたか?

 

河井さん:それが…(笑)。父との待ち合わせの時間、10メートル先から歩いてきたおじさんがいて、たぶんあれっぽいなって思ったんです。そのおじさんが8m、7m、6mと近づいてくるのが見えました。頭の中では、第一声は何ていったらいい?お父さん?お父さんはちゃうかな。どうしようとなったんですけど、ふと、そういえば、後輩はどこで撮ってくれてるんやろうと思ったんです。ちゃんと撮ってくれてるかなと考えながら、パッと横を見たら、後輩が僕の真横で直立不動のままビデオを撮影して立ってたんです。

 

ちょうどその時、僕の目の前まで来た父がひと言、後輩を指さして「この子、誰?」と(笑)。30年ぶりに聞く父親の第一声がそれか!

 

── お父さまとは、その後お二人で話されたのでしょうか?

 

河井さん:居酒屋に行って話しました。父は、僕が結婚しているのか、弟はどうしているのかと聞きました。僕は自分が芸人をやっていることを話しました。当時、関西のテレビにちょっと出させていただく程度でしたが、父が僕の顔を指さして、「見たことある!」って言ったんです。「芸名は?」と聞かれて、「アインシュタイン」と答えて。いくら30年会わなかったとはいえ、自分の息子がテレビに出ていてもわからないうえに、本人目の前に「見たことある」って。そんなすっとぼけたことをいうから、そら離婚されるわなと思いました。

再会したその後は

ステージにて

── その後、お父さまとの関係はいかがですか?

 

河井さん:1年半ぐらい月1回程度会っていましたが、別段おもしろい話も出てこないので今は会っていないです。父からLINEが来ることはありますが、とくに伝えたいこともないのでこちらからは連絡していません。

 

父は、弟にもずっと会いたかったと言ってましたが、ほんまにうそつけ!と思うんです。本当に会いたかったら自分から行動しますよね。百歩譲って自分のルーツの人ではあるので許してますけど、根性ないし好きじゃないなと思いました。

 

── お父さまとの再会を振り返って、どう感じていますか?

 

河井さん:会っておいてよかったなと思います。父に会ったことで子どもの頃の話など、知らなかったことも知ることができました。あとは父を反面教師に、やりたいことがあったら他人に頼らず自分で行動しようと思いました。僕からは連絡しませんが、もし会いたいと思ったら、ぜひ劇場にお越しください(笑)。

 

PROFILE 河井ゆずる

大阪府出身。芸人。2010年11月に稲田直樹とアインシュタインを結成。趣味は飲酒、映画鑑賞、特技は英語。

 

取材・文/間野由利子