登山未経験で挑むエベレスト
── 周りの方の反応はいかがでしたか。
なすびさん:批判やネガティブな意見が出ても当然とは思っていて、ある程度は覚悟していましたが、便乗商売だ、売名行為だとか、できもしないことで注目を集めようとしているとか、被災地を食い物にしていると散々言われました。
エベレスト登山はテレビの企画でもなく、自分で思いついてひとりで始めたことなんですが、知り合いのマスコミの方に聞いても、「意味がわからない」と言われました。「なんでなすびがエベレストに登頂することで被災地が元気になるのか」って。当時、エンターテイメントもストップしていて、何かと不謹慎に取られてしまう風潮はあったので、突拍子もないことを言っているように受け止められたのもあったと思います。
世の中的には懸賞生活のあと何をしているかわからない僕が、自分の知名度を上げるために言い出したと思われてしまったんでしょうね。登頂に関わる費用を直接、被災地に届けた方がためになるだろうと言われたこともありましたが、僕としてはお金や物ではない支援の方法、心の復興に繋がるものがあればと思って挑みました。
── 1度目、2度目の挑戦では登頂に至らず、3度目の挑戦の際に現地で大地震に見舞われたと伺いました。
なすびさん:3度目の正直だと思って、強い覚悟で挑んでいました。エベレスト登山は自分でSNSを通じて発信していたんですけど、1度目より2度目と、段々と支援の輪が広がっているのを感じていたときでもありました。
でも3度目の挑戦中にネパールで大地震が起きて。ちょうどエベレストのベースキャンプにいたんですけど、ヒマラヤ史上最大の雪崩が起きて、それに巻き込まれました。正直死ぬかと思いました。
東日本大震災の復興支援で挑んだ登山で地震に見舞われるというのは、とにかくダメージが大きかったです。もし山の神様がいるとしたら「お前、来るな」って拒否されたのかなと。3回ダメだったら、もう応援してくれる人もいないだろうなと、諦めの気持ちも出ていました。
── その後、どうされたんですか。
なすびさん:すぐに再挑戦は考えられませんでした。日本に帰国して、環境省からのお声がけで、4か月間かけて、津波の被害があった沿岸部を歩く「みちのく潮風トレイル」を踏破しました。被災地支援も兼ねて復興の様子を見てもらうためにオファーを受けて、青森から福島まで1000キロを歩きました。
沿岸部を歩くなかで、「エベレスト挑戦で勇気をもらっているから、諦めないで続けてほしい」という応援の声をたくさんいただきました。最初は売名行為だと言われていたものが、段々と支援の声に変わっていったことは少しずつ感じていましたが、それがふるさとの福島だけでなく東北の皆さんにも届いていたことがわかって。
── そこから4度目の登頂に挑むんですね。
なすびさん:いいニュースを届けたいと思って挑戦した4度目でようやく成功となりました。登頂できたときに、もしかしたら自分の人生は試されているのかなと思いました。東日本大震災も経験し、ネパール地震も経験して、それでも生きていた。生かされている命をどう使うか試されているんだなって。
── なぜ登頂に成功できたと思いますか。
なすびさん:僕がしていることが皆さんに届いていると実感できたから続けられたと思うんです。自分の正義感だけで一方通行だったら、続けられなかった。相互通行といいますか、僕がしたことに対して皆さんが反応してくれて、「がんばれ!」という声援を原動力に、また皆さんにお返しするというキャッチボールがあるから成功できたんだと思います。
挫けそうになったときは、周りの方が応援してくれました。僕が受けていた非難の声は、周りの方が火消ししてくれたんです。震災後から被災地支援を続けていることを知っている方々が、「なすび、今何してるか知ってる?」って。段々と批判めいた言葉を投げかけていた人たちが消えていって、僕は助けられました。
懸賞生活のインドアのイメージが強い方も多いと思いますが、若い世代の方からは「エベレストに登った人ですよね?」と声をかけられることも増えました。
── 復興イベントへの出演や講演会などもされていますね。
なすびさん:現場に行って、実際に見て触れて、感じたことを伝えることが大事だと思っています。多分そうだろうとか、誰かから聞いたというのではなく、実際に行く。地元の皆さんと交流を図っているからこそ言えることもありますし、説得力が増すのかなと思います。自分にプレッシャーをかける意味もありますけど、肌感覚を大事に地元に寄り添っていきたいです。
PROFILE なすびさん
俳優・タレント。「進ぬ!電波少年」の「電波少年的懸賞生活」にて、懸賞のみで生活しブレイク。その後、元々志していた喜劇俳優を目指し俳優としての活動本格化。福島や東北への復興応援や自然環境保護活動、コロナ災禍の地元産業応援や未来に残す啓蒙活動を模索し続ける。半生を追ったドキュメンタリー作品「The Contestant」がトロント国際映画祭を皮切りに、世界公開。
取材・文/内橋明日香 写真提供/なすび