2019年に72歳で吉本興業所属のお笑い芸人としてデビューして4年。「シルバー川柳」のネタで舞台を沸かせているおばあちゃんが目指す「笑い」とは──。

綾小路きみまろの漫談に憧れも「向いていない」と

── NSC(吉本総合芸能学院)を卒業後、「おばあちゃん」という芸名で、72歳のときにデビューされました。

 

おばあちゃん:まさかデビューできるとは思っていなかったから、事務所の方が声をかけてくださったときはびっくりしました。スケジュールを管理するにもスマホが必要なのに、目は見えないし手は震えて全然違うところを触ってしまうし、全然使えない。迷惑ばかりかけていますけれど、事務所の若い方がイチから教えてくださって。よくしていただいて、ありがたいですね。

 

おばあちゃんのコンビ時代
おばあちゃんのコンビ時代

── 1000組から60組に絞られるオーディションで勝ち上がって、「神保町よしもと漫才劇場」に出演されています。

 

おばあちゃん:舞台に立つのは怖いんですよ。でも、お客さまがゲラゲラ笑ってくださるのを見ると嬉しいですよね。黙って見ていられると、「すみません」って帰りたくなりますけどね(笑)。

 

神保町の劇場には芸歴10年目以下の芸人が所属しているので、若い人もたくさんいます。コロナ禍でなかなか食事に行ったりする機会がないので、夏はおせんべい、冬はアメやチョコを持っていって配っています。気が向いたときだけですけどね。

 

神保町の劇場にて。おばあちゃんの漫談シーン
神保町の劇場にて。おばあちゃんの漫談シーン

──ネタはどうやって考えていらっしゃるんですか。

 

おばあちゃん:自分の体験を「シルバー川柳」にしています。NSCで放送作家の山田ナビスコさんにアドバイスしていただいたおかげで、このネタができました。

 

綾小路きみまろさんに憧れて、きみまろさん風の漫談をやってみたこともあるんですけれど、「あれはきみまろさんだからできること。おばあちゃんには向いていないよ」とはっきり言ってくださって。友達から話を聞いて、子どもや孫のネタもやってみたときも「自分の体験をネタにするほうがいい」と。山田さんがいなかったら、今でも小学生の作文みたいなネタをやっていたと思います。私は本当に人に恵まれていると思っています。

高齢者は普通に生きているだけでも面白い

── おばあちゃんが目指す「笑い」とはどんなものですか。

 

おばあちゃん:高齢者の方が「くすっ」と笑ってくれたらいいんです。あんまり大声で笑うと、入れ歯が取れちゃいますからね(笑)。高齢者でなければわからない、自分の体験をネタにしたいと思っています。「朝起きて 今日も元気だ 医者通い」みたいにね。

 

高齢者って、普通に生きているだけでおもしろいことをするんですよね。電車で席を譲られたとき、隣の人と「どっちのほうが年寄りかな」と目を合わせてしまったり、杖をついてよろよろ歩いているのに、電車のドアが開いた瞬間、席を取るのに走り出したり。

 

還暦のお祝いでちゃんちゃんこを着るおばあちゃん
還暦のお祝いでちゃんちゃんこを着るおばあちゃん

友達とよく電話でおしゃべりをするんですけど、途中で電話が切れちゃったんです。そうしたら「かけ放題の料金を払ってるのに、この電話おかしいじゃないじゃないの」って怒ってる。「そりゃ2時間もしゃべっていたら、充電が切れちゃうよ」って笑ったりね。

 

──これからの目標はありますか。

 

おばあちゃん:ほかの芸人さんとは目指すところが全然違いますから、自分のペースでやっていくしかないですよね。自分が楽しんでいたら周りの方にも楽しんでいただけると思うので、高齢の方やふさぎこんでいる方が顔を上に向けてくれるようなことができればと思っています。自分もいつ老人ホームに入るかわからないですし、高齢者施設にも行きたいですね。

 

テレビや新聞に出していただくようになって、何年も何十年も会っていない知り合いの方が連絡をくださるんです。この間なんか、劇場にお友達が5人も来てくれました。「おばあちゃん」って手作りのうちわを持って。ありがたいですよね。

 

主人も、私が忙しいときは買い物をしてくれたり、ごはんを炊いてくれたりして協力してくれます。といっても、炊飯器のスイッチを入れればいいところまで私が準備しておくんですけどね。「オレが炊いてやった」と得意になっています。新聞に載ったときはあちこち探して買ってきましたし、テレビで紹介されたときは、録画を何度も見ていました。喜んでくれているんでしょうね。

 

長年連れ添ったおじいちゃん(ご主人)と
長年連れ添ったおじいちゃん(ご主人)と

二人とも耳が遠くなってきたから、会話は大声です。この間は「お風呂に入ってきますね」と言ったら「わかった、何かあったら大声出せよ」と言うから「大声出したって聞こえないでしょ!」って。そう言ってくれるだけでありがたいんですけどね。76年も生きているといろいろありましたけど、今が一番幸せです。

 

PROFILE おばあちゃん

1947年生まれ。2018年に71歳でNSC吉本総合学院東京校24期生として入学。卒業後、ピン芸人としてデビューし「シルバー川柳」ネタが話題に。神保町よしもと漫才劇場に所属している。

取材・文/林優子 画像提供/おばあちゃん