エッセー集『不倫、それは峠の茶屋に似ている』で、読者への冴えわたるアドバイスを放つ一条ゆかりさん。数々の金言を生み出した彼女の生き様に迫ります。(全3回中の1回)

2人の歌姫が火花を散らして歌う迫力あるひとコマ(『プライド』より)(C)一条ゆかり/集英社

路上のお絵かきが原点「ほめられて、うれしくて」

── エッセー集『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集』の中に「自分の才能があるところを見つけられた人は幸せ」とあります。一条さんの場合、ご自身の才能に気づいたのはいつごろですか?

 

一条さん:子どものころ、家族の帰りを待ちながら路上にローセキで絵を延々と描いていたんです。そうしたらギャラリーが増えて「じょうず」「お姫さま描いて〜」と言ってくるので、技が勝手に磨かれちゃって。

 

両親とも忙しいうえ、年の離れた6人兄弟の末っ子で、あまりかまってもらえなかったなかで、はじめて人からほめられたもんだから、「もう漫画しかない」と。小学校の卒業文集にも「夢は漫画家」って書きました。でも当時は漫画家なんてよくわからない職業だって、笑われました。

 

── それでも、まわりに惑わされずに漫画家になりたい、と宣言したわけですね。

 

一条さん:周囲がどう言おうと関係ない。ものごとをはっきり言う性格だし、自分の好き嫌いを大切にしていたので、田舎(岡山)では浮いてましたけど(笑)。

 

親戚も大勢いて、私なんか「あんた誰?」と言われかねない存在。だから、“自分”の存在意義をはっきりさせたかった。自分の中からわき出る考えで、自分しかできない表現をしたかったんです。この意味では、漫画でなくてもよかったのかもしれないなぁ。

進学校を拒否して「商業高校」を選んだ理由

── 成長し、漫画に人生をかける道を選びますが、ご家族の反応は?

 

一条さん:父は家にあまりおらず何も言いませんでしたが、母は漫画をすごくバカにしてました。師範学校を一番で出た優秀な母はプライドが高く、父の不在もあり苦労して6人兄弟を育てました。私、とくにできがよかったから(笑)、末っ子の私への期待は大きかったみたい。でも、母の見栄やプライドを満たすために、やりたいことを抑えるのは絶対に嫌でした。

 

成績が良いので県立の進学校へ行けと言われましたが、そうしたら漫画を描く時間がない!悩みに悩んで漫画を描く時間を捻出するために「お兄ちゃんのいる商業高校へ行きたい」を理由に、勝手に志望校を変えました。楽そうだし、走って5分だったので(笑)。母は大激怒して「滑り止めは受けさせない」「落ちたら女工になりなさい!」と。

デザイナーのプライドをかけて、実の娘と向かい合う母・鳳麗香。『デザイナー』より (C)一条ゆかり/集英社

── そして無事、商業高校に合格し、16歳で漫画家デビュー。

 

一条さん:高校生活をつづけながら、当時は貸本屋専用の漫画雑誌が出ていたので、まずそこで漫画家デビュー。原稿料が入ったとたん、あれだけ漫画をバカにしていた母の態度がコロっと変わり、私はすごくイラっとしました。漫画が嫌いなら、筋をとおしてほしかったのに。母にはプライドはないのか?貧乏しながら6人の子どもをほぼひとりで育てた生き様や性格はすごいと思うけど、人として嫌だと思いました。

 

── 娘としては複雑ですね。そして「第一回りぼん新人漫画賞」に準入選し、メジャーデビューします。

 

一条さん:高校3年生のころは、1日3〜4時間睡眠で漫画を描きつづけました。当時は、とにかく家を出たかった。養ってもらっていると、親の言うことをきかないといけないでしょう?当時の田舎の「人と同じことをする」「似たもの同士で集まる」雰囲気も私には合いませんでした。

腱鞘炎にはなったけど、スランプは一度もない

── デビュー当時、一条さんが意識されていたことは?

 

一条さん:1960年代後半、私がデビューするまでの少女漫画は“耐える”、”けなげな“女の子が、お金持ちで優秀な男子に助けられ恋に落ちる世界。なんとつまらない!私は、”強さ”、“大人の恋愛”、“人生“を描きたかった。最終的には「人として誇り高く生きること」、これにつきます。

 

でも、「描きたいものをそのまま描く=人気が出る」ほど単純じゃない。新人に好きなように描かせてくれる世界でもない。最初から、私の好みは世間一般とズレがあると自分でもわかっていました。

 

だから、“強さ”“人生”“誇り”など自分が描きたいテーマを、ふつうの女の子が読みたくなるよう、恋愛やファッションでアレンジしたり、不良っぽさや外国の香りを作品に取りいれて描いたんです。街に出たり、人の話を聞いたりしながら、読者の好みを徹底的にリサーチしました。

 

「イケメンね!」とカメラマンへの気遣いを忘れず、笑顔を絶やさない一条さん

── 客観的に自己分析して、読みたくなる作品を作る。まるでプロデューサーがついているかのよう…。

 

一条さん:“漫画家・一条ゆかり”を育てるために、冷静に計算高く分析するもうひとりの自分がいましたね。もっといえば、自分の漫画家としての可能性を知りたかった。いろんな服や料理を試すのが好きな性格で、未知のテーマに挑戦するのも好きなんです。

 

大きな実験だったなと思うのは、『砂の城』。私が大嫌いな、主張が弱くかたくなで内に入るヒロインで、メロドラマ風作品を描いてみました。途中で気が滅入りましたが…。

 

── プロとしての厳しさを追い求めているうちに、ストレスを感じたりスランプになったりすることはありませんか?

 

一条さん:腱鞘炎は経験しましたが、スランプはなかったです。描けない経験もない。漫画のストレスは、正反対の漫画を描いて発散。シリアスな『砂の城』を描いて気が滅入ったら、ラブコメの『有閑倶楽部』描いて、の繰り返しでした。私はあきっぽく要領のよい性格なので、難しいことに挑戦しないとダメみたい(笑)。

 

PROFILE 一条ゆかりさん

1949年岡山県生まれ。1967年第1回りぼん新人漫画賞準入選。代表作『デザイナー』『砂の城』『有閑倶楽部』『プライド』『正しい恋愛のススメ』。2007年『プライド』で第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。2022年『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!!一条ゆかりの金言集』刊行。

 

取材・文/岡本聡子 撮影/坂脇卓也 画像提供/一条ゆかり、株式会社集英社