歯周病(※)は、30歳以上の成人の80%が罹患するといわれています。治療をしないままでいると、歯周病菌がアルツハイマー型認知症を発症させ、進行を早める原因に。そんな研究結果を、九州大学大学院の武 洲(たけ・ひろ)准教授の研究チームが導き出しました。

 

歯にトラブルを抱えた女性のイメージ
寿命の長い日本人女性にとってアルツハイマー病は避けがたい病気

アルツハイマー病患者の口の状態が悪かった

── 歯周病菌がアルツハイマー病の発症や進行を早める原因になると発表されました。それまでの経緯と原因とされる理由を教えてください。

 

武 先生:最初は、ニューヨーク州立大学の研究者で女性歯科医師が、認知症の患者さんの口腔状態がとても悪いことに気づいたんです。そのことをきっかけに2008年、歯周病が認知症の70%を占めるアルツハイマー病の危険因子ではないかとの仮説が立てられ、欧米の研究者を中心に研究が進められました。

 

その後、さまざまな角度から相関性が少しずつわかってきました。まず、アルツハイマー病の原因については、有力な仮説として、①異常なたんぱく質のアミロイドベータβが脳内に蓄積されて神経細胞を死滅させること、②脳の炎症、③脳の細菌やウイルス感染が挙げられます。

 

私たちの研究チームでは、暗いところを好むネズミの習性を利用した装置を使い、メスの若いマウスと、人間の40代~50代にあたるメスの中年マウスで記憶力を測る実験をしました。認知症を引き起こすといわれる歯周病菌のジンジバリス菌(Pg菌)成分を毎日それぞれのマウスに少しずつ注射し、5週間にわたって、行動を観察しました。

歯周病菌が記憶力を低下させる原因に

── どんなことがわかったのでしょうか。

 

武 先生:実験では、透明な箱に入れたマウスが70秒ほどで暗い箱に入り、マウスが入ったらシャッターを降ろし、逃げられないようにして足元に弱い電気刺激を与えました。それを一度経験したマウスは次からは暗い箱に入らないのですが、中年マウスは5週間後に再び暗い箱に入りました。脳を解析すると、中年マウスの脳内に歯周病菌成分による炎症が起き、アミロイドベータβが産生・蓄積されて記憶低下を起こすことがわかったんです。一方、若いマウスには特別な変化は見られませんでした。

 

── 特に中年の年代に、歯周病の菌がアルツハイマー病を発症させることを発見されたのですね。

 

武 先生:歯周病は糖尿病など全身炎症を起こす誘因にもなります。別の研究者たちによって、すでに全身炎症がアルツハイマーの原因になる可能性が発表されていたので、私たちの研究グループでは、歯周病からの全身炎症によってアルツハイマー病が発症するのではないかと仮説を立てました。

 

歯周病が進行すると歯ぐきから出血しやすくなりますが、少量でもその血液に含まれた菌が全身にまわってしまいます。アミロイドベータβの蓄積による老人班はアルツハイマー病患者の特徴的な脳病態でありますが、マウスの実験を行ったところ、歯周病菌を全身感染した3週間後に中年マウスの脳血管周囲にアミロイドベータβがなんと10倍にも増えて、記憶力が大幅に低下したんです。

 

つまり、全身炎症によって全身に産生・蓄積されたアミロイドベータβが脳内血管内細胞のラージという受容体を通じて、体重のたった2%しかない脳に送り込まれることがわかりました。

 

体重の98%もの割合でつくられたアミロイドベータβを2%の脳に送り込み続けると、脳にアミロイドベータβが蓄積されやすく、アルツハイマー病の発症が早まると考えています。

女性は男性よりアルツハイマー病の発症リスクが高い!?

武 先生:アルツハイマー病は女性が男性の1.4倍という統計が出ています。アルツハイマー病の95%は年齢依存といって加齢による発症率が高く、84歳から85歳になると80歳と比べて2倍にまで増えています。

 

女性が男性よりアルツハイマー病の発症リスクが高い理由のひとつは、女性の平均寿命が長いことです。特に日本の女性は平均寿命が長く、世界一を誇っていますが、健康寿命との差が12歳もあることに注目してください。この12年ほどは介護や支えが必要な時期で、認知症が介護の最上位となっています。できるだけ健康でいたいですよね。

 

85歳をすぎて発症していないほうがすばらしいといえるくらいですが、この発症をどこまで遅らせることができるか。「発症を遅らせる、症状を緩やかにする、進行を遅らせる」を認知症予防の概念に、全国で予防の働きかけも進んでいます。

 

女性は男性に比べてアルツハイマー病を発症するリスクが高く、進行も早いという論文はこれまでも多く発表されています。自分たちで身体を守る習慣をぜひ身につけてほしいものです。

「熟したトマト」をイメージした歯磨きで歯周病防止

── 歯周病やアルツハイマー病を防ぐためにどうすればいいでしょうか。

 

武先生:まず口腔ケアです。歯磨きが正しくできているかが大事。歯磨きは本来、歯と歯肉の間の食べかすを取り除くこと。くれぐれも強く磨かないように。例えば、熟したトマトに歯ブラシをあてて、皮がやぶれない程度の力で磨くようにしてください。

 

個人的には、歯磨きは脳も刺激することでアルツハイマー病の予防にもつながると考えています。“脳護り体操”だと思って毎日の歯磨きを大切にしてください。

 

次に大事なのは、定期的な歯科検診です。歯周病の原因は歯にこびりついた歯石で、この歯石は歯医者でないと取れません。正しい歯磨きの方法も教えてもらえるので、歯科検診は忘れずに受けてほしいですね。

 

歯を磨くときは「熟したトマト」の皮が破れない程度のやさしい力で

抗炎症・抗酸化につながる生活習慣を

── そのほかにできることはありますか?

 

武先生:食べ物も大事です。炎症レベルを下げることを意識して摂取してください。炎症促進に関わる酵素を持たない中年マウスも使って実験したのですが、歯周病菌成分を投与したマウスは記憶低下が見られませんでした。つまり、炎症レベルを下げる食生活習慣がアルツハイマー病の予防につながります。

 

飲み物は、1日2~3杯のコーヒーを飲むとアルツハイマー病の予防になるという報告もああります。コーヒーに含まれるフェニルインダンという成分が、アミロイドベータβの蓄積を防ぐといわれています。私も研究中ですが、コーヒーの一種であるアラビカコーヒーノキに抗炎症作用を見出しています。全身炎症や脳内炎症を抑える働きが期待できるので、そのあたりも解明したいです。

 

緑茶もいいですね。静岡県は健康寿命が全国トップクラスで、全国生産一を誇る緑茶の抗酸化作用がアルツハイマー病の予防として期待されています。

 

もし、炭酸入りジュースなど酸性が強いものをどうしても飲みたくなったら、飲んだ後にすぐうがいをして、口の中が酸性になるのを防ぎましょう。

 

── 炭酸入りジュースは飲んだらすぐうがいですね。

 

武 先生:脳内ではアルツハイマー病が発症する25年前からアミロイドベータβが蓄積されています。予防策としては、炎症をいかに低下させるかが大事です。発症リスクが高くなる50代に向けて抗炎症・抗酸化につながる生活習慣を今からでも始めてください。

 

働く女性は強いです。毎日のセルフケアを大事に、これからも元気な自分を楽しんでほしいですね。

 

(※)歯周病とは、細菌の感染から起きる炎症性疾患で、歯の周りの歯ぐき(歯肉)、歯を支える骨などが溶けてしまう病気のこと。歯と歯肉の境目に歯磨きができていないことが原因で、30歳以上の成人の約80%が罹患しているといわれている。

 

PROFILE 武 洲(たけ・ひろ)先生

九州大学大学院の武洲先生

九州大学大学院歯学研究院 准教授。中国東北部、吉林省長春市出身。白求医科大学(現吉林大学医学部)歯科専攻を卒業後、同大学附属病院の歯科専門医師として10年間勤務。1996年、基礎医学を深めるため、日本へ留学。九州大学歯学部博士課程修了後、学術振興会外国人特別研究員、助教、講師を経て、2010年より現職。長年にわたって歯周病とアルツハイマー型認知症との関連性について研究を重ねている。


取材・文/高梨真紀

参考/特定非営利活動法人 日本臨床歯周病学会HP、特定非営利活動法人 日本歯周病学会HP