祖母とのロンドン旅行の思い出を綴ったエッセイ『祖母姫、ロンドンへ行く!』(以下、『祖母ロン』 小学館刊)が出版され、話題となっている作家・椹野道流(ふしの・みちる)さん。前身となったWEBエッセイ「自己肯定感の話」公開時点から、旅先で出会ったプロたちのホスピタリティに多数の称賛コメントが集まりました。

 

『祖母ロン』発売直後のサイン会での椹野さん

CAの教え「大切なのは何ができないかではなく…」

椹野さんの英国留学中の話を聞き、「一生に一度でいいからイギリスに行きたい」と言い出した80代の祖母。人生最後の海外旅行になるかもしれないと感じ、親孝行として「子としては母に、できる限りの贅沢をさせてやらねば」と、旅慣れた伯父たちが手配してくれた「お姫様のような旅」は、飛行機はファーストクラス、ロンドンの一流ホテルに、ヒースロー空港からホテルまでのタクシーほか、とても手厚く細やかな準備がされました。

 

でも当時は、まだ若く“コムスメ”だった椹野さんがたったひとり、高齢の祖母をアテンドするのは至難の業。 飛行機に乗る前から孫娘の忠告に耳を傾けることがなかった「祖母姫」は実に自由奔放で、ヒースロー空港到着後「足元がおぼつかなくても、英語がまったくわからないのに、空港内で何かが気になると、そちらのほうへどんどん行ってしまう」という、「もはや行動が三歳児」な展開が繰り広げられます。

 

行動力が高いかと思いきや、そこは80代。体力面や足元の不自由さだけでなく、「杖自体がお洒落でない、美しくない」からと「足が不自由なのに杖を使いたがらない、祖母の意地っ張りな気性」が遺憾なく発揮されます。誇りや美意識の高い高齢者(祖母)に対し、どう介助するのが適切なのか──。旅の出だしから翻弄された椹野さんは、行く先々でもてなしのプロと出会い、その高いホスピタリティに助けられます。

 

最初に出会ったのは、行きの機内で二人を担当してくれたキャビンアテンダント(以下、CA)。祖母が眠ったのち、不安を抱えていた椹野さんは「ホスピタリティ教室を開いてくれませんか?」とCAにお願いします。

 

「CAさんは人を見る目が長けているから、私には“圧倒的にお年寄りとの接し方の経験が不足している”と察して、細かなことまで丁寧に教えてくれました。たとえば歩くときの介助だけでなく、『高齢の方は座る際、腰を落とす動きが難しく、怖いと感じる方もいます』など、旅行中や、その後にも生きたお話が多かったですね」

 

具体的なレクチャーの締め括りに、CAは椹野さんに「大切なのは、お祖母様には何ができないかではなく、何をご自分でできるのかを見極めることだと思います。できないことを数えてあげたり、時間をかければできるのにできないと早急に決めつけて手を出したりするのは、結局、お相手の誇りを傷つけることに繋がりますから」と告げます。

 

「いつも心に特大の額にして掲げている、私にとって大切な金言」と著者自ら作中で記しているその言葉は、高齢者への接し方だけでなく「子育てにも通じる!」と共感の声が数多く上がりました。

 

『祖母ロン』発売直後のサイン会では長蛇の列ができ、用意された本が途中で完売するほどの盛況ぶり

ロンドンで出会ったホスピタリティのプロ

滞在先の一流ホテルでは、ベテランのドアマンや読者に大人気となっている若きバトラー(客室係)・ティムをはじめ、チャーミングなスタッフたちが登場。姫のように振る舞う祖母をもてなし、椹野さんを手厚くサポートします。

 

「客としてもてなす」のではなく、「サポート」。スタッフが椹野さんを孫娘ではなく、秘書と勘違いしたことで生じた状況でしたが、勘違いが生んだ関係性は多くの場面で椹野さんを助け、得難い体験の数々につながるのも、『祖母ロン』の大きな魅力のひとつです。

 

「奥様は杖をお使いにならないのだから、その分、君が両手をフリーにして、お世話して差し上げないと。そうだ。ハロッズで杖の誂えをお勧めするのもいいんじゃないかね?」と、細やかなアドバイスや知恵を授けてくれるドアマン。

 

祖母をいつも素敵にエスコートしてくれるティムは、バトラーとして滞在中の二人を気遣い、「当ホテルのゲストでいらっしゃるからには、このロンドンでひとりぼっちで解決しなくてはならないことなど何ひとつありません。困ったことがあったら、必ずお電話を」と念を押し、実際に大きな助け手となり、その言葉が決して社交辞令ではなかったことを示してくれます。

 

「ドアマンは、おヒゲが素敵な恰幅のいい方。普通なら祖母と同じように接したはずですが、仲間意識を持ってくれたおかげで、お小言ばかりもらっていました(笑)。夜遊びに行くときは『タクシーを使え』と怒られ、祖母をアテンドしながら『後ろをついてくるだけではダメだよ』と、どうすれば安全に高齢者を案内できるかの極意を教えてくれる。

 

バトラーのティムはフレンドリーなイケメンで、私が夜遊びで着た服をこっそり、自分たちのユニフォームと一緒に洗ってくれて…。イギリスは硬水だから洗濯機で洗うとゴワゴワになっちゃうんですけど(笑)、そんなのは大した問題ではないし、なによりその『仲間としての気遣い』が本当にありがたかったです。ホテルスタッフはみんな楽しく、優しく、温かい人たちばかりでしたね」

 

ホテル以外にも、コート選びに訪れた高級デパートのハロッズでは、言葉は通じないはずなのに、美意識の高い祖母の要求を途中から椹野さんの通訳抜きで理解した店員たち。ミュージカルを鑑賞したハー・マジェスティーズ劇場では、足元の不自由な祖母へ特別な配慮をするスタッフほか、ホスピタリティのプロが次々と現れます。

 

ティムなど“主な登場人物”以外で、印象に残った人を尋ねると「ルームメイドさんですね」と椹野さん。エッセイには登場しませんが、素敵なもてなしをしてくれたそう。

 

「ウェルカムにタオルをかわいく折ってあったのを、祖母がとても喜んだんです。それを伝えたら、お部屋を整えてくれるルームメイドさんは何人かいらしたけど、みんな毎回なんらかの細工をしてくださって。

 

滞在中は外出先から部屋に戻って休み、また着替えて出かける際、脱いだ服をそのままにしてしまうこともありました。すると、ルームメイドはお客様の荷物を勝手に仕舞うことはできないわけですが、それでもシワにならないよう服をベッドに広げ、まるで人が寝ているみたいに置いてくれて(笑)。ただきれいに整えるだけじゃない、私たちを楽しませようとする姿勢を感じましたね」

 

ホテルのルームメイドのイメージ写真
「祖母姫」はルームメイドさんの愛らしいもてなしをとても喜んだそう(写真はイメージ)