「メモ代わりに1回きり」のつもりだった
エッセイが掲載されたのは、文芸サイト「ステキブンゲイ」の椹野さんのコーナー「晴耕雨読に猫とめし」内の「自己肯定感の話」(全19回)。今回、大幅な書き下ろしを加えた書籍『祖母姫、ロンドンへ行く!』(以下、『祖母ロン』 小学館刊)が出版されると、発売後すぐに品切れが続出する人気で増刷され、すでにコミカライズ企画も予定されているそうです。
椹野さんがまだ若く“コムスメ”だったがゆえに翻弄される姿、ワガママいっぱいに振る舞うけれど愛らしい「祖母姫」の人柄、旅の途中や滞在先で出会うホスピタリティのプロたちとの交流、古き良きロンドンの街並み…。
軽妙な文体と引き込まれる展開に「一気読みした!」という人も。思わず笑ってしまう場面、ハッとする名言、高齢者への接し方や子育てでも参考になる考え方など、さまざまなエッセンスが散りばめられた作品に、まとめページができるほどたくさんの反響が寄せられました。
多数の人気小説シリーズを持つ椹野さんですが、「以前から書きたかったものの、作家のエッセイ本は売れないと出版社には言われて(笑)」となかなかチャンスに恵まれず、意外にも『祖母ロン』が初の本格エッセイとなったそう。
「『晴耕雨読に猫とめし』のコーナーは、趣味で書き始めたんです。毎週水曜に更新を続けるなか、小説の執筆が忙しすぎて『今週は更新できないかも』と、Twitterでお知らせしたりもしました。でも直前の火曜に『書かないとムズムズするし、楽しみにしてくれている方に申し訳ないな』となって…。ちょうどそのときイギリスの話題が目に入り、大昔に祖母とイギリスに行ったことを思い出したんです。
思い出話をメモ代わりとして書くなら、きっとすぐ書ける…と、1回きりのつもりで『自己肯定感の話』を書き始めました。でも、どんどん芋づる式に記憶がよみがえって(笑)。せっかくだから思い出せるだけ思い出して書いてしまおうと気持ちを切り替えたら、思いがけず大作になりました。尺が決まっていない状態だから、できたことですね」
あらかじめしっかり構成を決めていたわけではなく、執筆時に「時系列の整理やエピソードの取捨選択をしたくらい」と話す椹野さんですが、執筆するうえで気をつけたポイントがあったそう。
「お年寄りを連れての旅行の経験がある方はわかると思うんですけど、実際は“楽しい”が1とすると、“大変”が9。でも、大変さをありのまま書いてしまうと、読むほうもしんどいですよね。だから9の部分は読み手に察してもらえるくらいにぎゅっと圧縮し、楽しんで読んでもらえるような書き方を意識しました」
ドラマチックな書き下ろし「バッド・ガールの冒険」誕生秘話
『祖母ロン』の大部分は、前身となった「自己肯定感の話」で、こちらは現在もWEB公開されています。ただ書籍化にあたり書き下ろされた4章分(通称「バッド・ガールの冒険」編)が本当にドラマチック!
滞在先の一流ホテルで「祖母姫」と椹野さんを完璧にもてなし、ネットでもファンが大量発生したバトラー(客室係)・ティムとの交流に加え、「祖母姫」の就寝後にこっそりパブに繰り出し、旧友たちと会っていた夜遊びから考えると、まさに“大冒険”ともいえる展開です。「こんな素敵なエピソードを書き下ろしに取っておいたとは、さすが人気作家!」と感じた人も多いはずですが、実は狙っていたわけではなかったそう。
「祖母との思い出だけ書くつもりだったので、当初バッド・ガールの話は取り上げるつもりがなかったんです。でも、今はすっかり変わってしまった、古き良きロンドンのパブの雰囲気を少しだけ紹介したい…と書き出してみたら意外に『夜遊びパートを知りたい』という声を多くいただき、担当編集者に書き下ろしページ数を確認したら、思いのほか分量があると発覚して、本腰を入れて書くことにしたんです。
ティムとの交流の際は、ほとんど祖母が一緒にいましたが、たった2回だけ、じっくり話ができた機会があって…。そのうちの1回が、書き下ろしのときのことだったんです。たくらんだわけじゃないけれど、ドラマチックと思ってもらえたなら、良かったです(笑)」
PROFILE 椹野道流さん
兵庫県在住。作家。多くの人気シリーズに加え、愛猫のフォトエッセイ『ちびすけmeetsおおきい猫さんたち』(三笠書房)も話題に。法医学が専門の医師でもあり、医療系専門学校で教壇に立っている。
取材・文・撮影/鍬田美穂 写真/PIXTA