「鬼籍通覧」(講談社ノベルズ)や「最後の晩ごはん」(角川文庫)などのシリーズで人気の作家・椹野道流(ふしの・みちる)さん。祖母と二人きりでのロンドン旅行の思い出を綴ったエッセイに、「おばあさまの生き方に憧れる!」との声が続出しています。

 

4月20日に初の本格エッセイ『祖母姫、ロンドンへ行く!』が出版された人気作家の椹野さん

「お姫様のような旅がしてみたいわ」のひと言で…

80代になる祖母とのロンドン旅行は、椹野さんが英国留学の思い出話をしたのがきっかけ。話を聞いた祖母は「お姫様のような旅がしてみたいわ」と、少女のような夢を口にします。「これが人生最後の海外旅行になる可能性が高い…」。そう感じた伯父たちは、「一流のデパートで買い物をして、最高のディナーを楽しみ、お友達に自慢できるような素敵なものをたくさん見たい」とリクエストする“お姫様”にふさわしい豪華な旅を手配します。

 

祖母は思ったことをはっきり言う性格。言葉が通じないヒースローの入国審査では、「鬼瓦のような形相で、無言のまま係官を睨みつけ」、ようやく駆けつけた椹野さんに「空港の職員なのに、なってない! 遠い国から来たお客様なんだから、きちんとわかるように相手のお国の言葉で話しなさいって伝えてちょうだい!」と言い放つ痛快な人柄です。

 

さらに、華やかな服とそれに合うアクセサリーを身につけ、白髪をふっくらとセットし、きちんと化粧をする「80代女子」。美術館や博物館、高級デパート、劇場など、旅の中で訪れる先々で、高い見識と審美眼を発揮します。

 

エッセイを読んだ人から「おばあさまの生き方に憧れる!」という声が寄せられるのは、「お姫様のような旅」を望んだ椹野さんのおばあさま(以下、「祖母姫」)の、物事の本質をついた言動が端々に感じられるため。たとえば旅の終盤、「祖母姫」は椹野さんをこんな言葉でたしなめます。

 

「謙虚と卑下は違うものなの。自信がないから、自分のことをつまらないものみたいに言って、相手に見くびってもらって楽をしようとするのはやめなさい」

 

イギリスの時計台「ビックベン」

いきなり訪れた「ソロ活人生」を趣味に生きた祖母

二人きりで長い時間を過ごしたのは、この旅が最初で最後だったという椹野さん。孫としての立場から見た「祖母姫」は、「勝気な人でした。小さい子にも、ひとりの人間として接するタイプ。厳格な人で、子ども時代は近寄りがたかったです(笑)」と振り返ります。

 

「祖父が亡くなったのが早く、いきなり訪れた40年のソロ活人生を、趣味に生きた人でした。能や歌舞伎鑑賞が好きで、茶道や華道、謡(うたい)、小鼓、人形作りなど、どれも一流の先生について『個展を開けば?』と言われるレベルまで身につける。エッセイでも触れていますが、ロンドンで初めて観たミュージカルで要となる出演者を見抜いたり、美術館で壁紙の美しさに目をとめたりしたのは、そうした経験あってこそでした」

 

美学やこだわりを持つがゆえに「祖母姫」は「美しいものしか許しまへんえ」という“過激派”。エッセイでは、そのお眼鏡にかなう訪問先を選ぶため、知恵を絞る椹野さんの姿がコミカルに描かれています。

 

「大英博物館をたった1時間弱で『干物や石ばっかり見せられても』と切り捨てただけでなく、あまりの祖母の酷評ぶりに『これを書いては、風評被害を与えかねない』と、泣く泣く書くのを控えた超有名スポットもあります(笑)。ロンドンといえば誰もが行きたがるような場所の多くが、祖母の美学ではボツ。私のほうも美術館のカフェひとつ選ぶにも気を遣い、地下の学食のようなところではなく、上層階で眺望のいいブラッスリーに案内していました。

 

私自身はすごい名画が雑に飾られているところも、地下のカフェも、広大なスーパーマーケットも大好きなんです。現地を知っている人はわかると思いますけれど、けっこう大ざっぱなところが多い『雑なロンドン』には、なんとも言えない良さがあります。だから祖母にも、その一端に触れてもらいたかったけれど、まったく興味を示してくれませんでしたね(笑)」

 

高齢による体力面や足元の不自由さのほか、日程的な都合で案内できなかった地もあり、悔やまれることもあったけれど、「祖母は姫らしい『素敵ロンドン』だけを満喫できて、満足だったんじゃないかな」と考えているそうです。

 

イギリスの大英博物館
多くの人が訪れる人気の大英博物館も、姫のお眼鏡にはかなわず…