抜毛症公表を決めてからも、じんましんが出たり不安になったりしたと話す土屋光子さん。スキンヘッド姿でスーパー銭湯に行くと、「他人は自分が思うほど気にしていない」ことを実感。それでも、世間の偏見は存在します。当事者にしかわからない切実な声を届けます。
抜毛症をカミングアウトしたら夫や子どもは…
小学生のころから、髪を抜き始めた土屋光子さん。地肌を隠すのが難しくなり、高校生のときから本格的なウィッグを使いはじめました。
「バイトしながら数十万円のウィッグを1年ごとに買い替え、社会人になってからは1台80万円かかったことも。ウィッグのために働いているようなものでした」
結婚後、夫にも抜毛症を秘密にしてきましたが、子どもが生まれて考えが一変。ウィッグを買うために働き続ける生活や、多くをあきらめてきた自分に疑問を感じるようになります。
「何度も直したいと頑張ったけれど、髪を抜くクセが治るかなんてわからない。それより、もっと素の自分のまま楽に生きたい」と、赤ちゃんを抱えて自問自答する日々。
「高額なウィッグを買うのはやめて、悩みのもとである、髪の毛を剃ってしまおう。そして、自分との誓いのためにブログで抜毛症をカミングアウトしよう」と、決めたのは2016年のことでした。
まずはウィッグであることすら知らない夫に、自分が「抜毛症で剃毛してスキンヘッドになる」と告げます。
「その反応はびっくりするほど穏やかで、“ふーん、結婚してるけど君は仏さまに仕える尼さんになるんだね”と笑顔で返してくれたんです。
早速、電動カミソリを使って、ご主人が光子さんの髪の毛を剃ってくれたそうです。
「4歳と1歳の子どもたちは、2人とも坊主頭だったため、“お母さんも、僕たちと一緒のつるつるっ、同じ髪型だ!”と、嬉しそうに言ってくれました」
スーパー銭湯に素頭で「他人は気にしてなかった」
家族は笑顔で応援してくれましたが、公表するまでにはじんましんが出たり、人から嫌悪感を持たれるのではないかと不安で怖くなることもあったそう。
「剃毛直後は、家のなかでも帽子やウィッグ姿でした。宅配便の人が来るときも、ウィッグで対応して」
意を決した光子さんは、一度、スキンヘッド姿で宅配便の人に応対してみました。
「その後はスキンヘッド姿でも大丈夫、と思うようになって、一歩ずつ自分の心をたしかめながら素頭での行動範囲を広げました」
大好きなスーパー銭湯に、ウィッグなしで通ってみると、「そんなにみんな、人のことを気にしていないんだな」と気づいたそう。
嬉しい変化は、全体にすっぽりかぶるウイッグで済むため、これまでのように「隠す」ためではなく「おしゃれ」「気分転換」として、気軽に使えるようになったこと。しかも、1万円以下でも良い商品が手に入るようになりました。慣れてからは場所や気分、人間関係の深さによって素頭やウィッグ数種など髪型を使い分け。保育園の送り迎えに毎日違うウィッグで行くと、子どもたちからは「なんで?」「いいなー」と、声が上がります。
「『これ、ウィッグだから毎日変えられるんだよ。自分で髪を抜いちゃうから、思いきって剃って、本当はスキンヘッドだよ』というと、また『なんで?』とすごく素直(笑)」
一方、大人は知識があるため、病気や事情があるはずだから「聞いちゃだめ」「かわいそうだから」と、先まわりして子どもをさとすことも。
「ああ、気をつかわれてしまった、と逆に傷つくこともありました」
“髪は女の命”だけではないことを知ってほしい
「公表から2か月後、バリアフリーファッションを提案する団体に声をかけられて、千葉のイオンモールで開催された『チバフリ』に参加しました」
初めてスキンヘッド姿で人前に登場し、トップバッターとしてランウェイを歩き、堂々とモデルデビューを果たします。じつは光子さんは、公表後も日常生活はウィッグで過ごしていました。しかし、ウェブ媒体やテレビに素頭で出る人がいることを知り衝撃を受けます。
すぐさま彼女たちに連絡をとって意気投合、2017年8月、3人で「Alopecia Style Project(ASPJ)」を立ち上げました。
「日本ではまだ、“髪は女の命”のイメージが強いため、髪がないと『かわいそう』『結婚できないのでは』とネガティブにとらえられることが多いです。でも、そうじゃない。世の中が私たちに持つイメージを変えたいし、そのためにはもっと知ってもらうことが必要」
光子さんが言うように、一般の人は髪に悩みを持つ人たちと出会う機会が少ないため、どんな対応をすればいいのかわからず、意図せず傷つけてしまうこともあります。
昨年3月のアカデミー賞授賞式で、妻の脱毛症を揶揄(やゆ)された俳優のウィル・スミス氏が、司会者に暴力をふるいました。決して許される行為ではありませんが、脱毛症で悩む女性の存在がまだまだ知られていないと気づかされました。
「この世界には髪がない人たちがいるのが当たり前だとわかれば、心ない言動が減り、当事者がもっと楽に生きられるはず。髪がなくなる症状は、誰にでも起きえます。髪に症状を持つ人に寄り添い、世の中の持つイメージを変えたい。美しく明るいイベントやパフォーマンスを通して、私たちが伝えたいのは『髪がなくてもその人自身の魅力には関係ない』」
イベントのほかには、当事者同士が交流するコミュニティ運営・相談や、企業の垣根を取り払ってのウィッグの試着会などを日本各地で行っています。
「大人にはウィッグ、剃る、スカーフを巻くなどさまざまな選択肢がありますが、小学生や思春期の子どもには選択肢が少ないのが実情です」
光子さんたちの調べでは、医師によると小4くらいから抜毛が始まるケースが多く、小学校教師によると、各校1〜2名ほどは何かしらの髪の症状を抱えていることがあるそう。
「私たち自身がかつてもっとも苦しんだ時期を、いま、孤独に過ごしている子どもたちの力になりたいです」
子どもの抜毛を心配した親は、つい「抜いちゃだめ」と言いたくなりますが、親の不安は子どもをさらに不安にさせ、傷つけることも。そして「私はだめな子」と自己否定につながりかねません。
「好きなこと、楽しいことをする時間を増やして、髪に意識が向かないようにしてあげてほしい。そして、落ち着いた状態で『本当はどうしたい?』、『病院もあるよ』と、子どもの気持ちを聞いてあげてほしいです」
抜毛症公表後、大きな変化を遂げた光子さん。高校時代の友人からは「本当は知っていたよ。でも、触れないで!って、オーラが強かったから知らないふりしてた」「いま、本当に楽しそう」と声が届きます。
光子さん自身をおおっていた心の壁やとげも消え去り、周囲からよく相談されるようになったそう。何も否定せず、ただ相手を受け入れる。抜毛症の公表とありのままの姿の選択は、人との接し方や生き方に大きな影響を与えました。光子さんにとって、抜毛症はもう治すべき存在ではなくなったのでしょうか。
「治したいとずっと考えてきましたが、簡単には治らないし、その現状に悩み続けるのが嫌でした。悩む時間がもったいないし、どうせなら楽しく生きたい。いろんな考え方があるのであくまで私の場合に限りますが、隠す、カミングアウト、どんな道を選んでも、本人の心の安定につながるのが一番大事だと思います。私なりにとことん考えて、自分で納得できる道を選びました。もしまた髪を伸ばすことがあれば症状がどうなるかわかりませんが、抜毛症とも仲良くつき合っていこうと思います」
PROFILE 土屋光子さん
埼玉県出身。幼少期より抜毛症の症状があり、結婚・出産を経て2016年に抜毛症をブログで公表。髪のない人と世の中との接点を作り出すAlopecia Style Project Japan(ASPJ)代表。スキンヘッドモデル・パフォーマー、2児の母。ASPJでは毎月第3土曜日21時「オンラインおしゃべり会」を開催。
取材・文/岡本聡子 写真提供/土屋光子